突然の訪問者
突然訪問者がやってきた。
義父宅にいる11月X日である。
通常やってくる人といえば、市報を持ってくるおばさんか、太陽光発電(東北地方はどうも家庭用太陽光発電が盛んのようである)等のセールスマンくらいである。
昼間に、玄関で誰かの声がした。
チャイムがあるのに、それを押さないで声が聞こえる。
誰だろうと思って出ていくと、隣の家のその隣の家のH夫人であった。
多分80歳を過ぎていると思う。
旦那さんは数年前に亡くなり、今は息子さんと二人暮らしであったと思う。
どうしたのか、と聞くと、誰かか家に来て、音がしている、と伝えていったという。
家の音を何とかして欲しい、という。
とりあえずH夫人方に行ってみた。
息子さんはいないか聞くと、出掛けていて、夜にならないと帰ってこないという。
多分仕事であろう。
息子さんの電話番号はわかるかと聞くと、知らないという。
リビングに入り、音があるのか聞いてみた。
かすかにジーという音が聞こえた。
テレビの音かもしれないと思い、スイッチを入れて、消してみた。
でもかすかな音は消えない。
すぐそばの金魚の水槽で、音がしているように思った。
水槽に空気を供給しているポンプの電源の音がジーというかすかな音を出している。
その電源をタオルでくるんでみたら、少し小さくなった。
でもH夫人はまだ音がしているという。
私にはほとんど何も聞こえない。
試しに耳をふさいでみてもらったら、それでも聞こえるという。
耳の病気かもしれないと思い、近くの総合病院の電話番号は登録しておいたので、スマホでそこにかけてみた。
そこでは耳鼻咽喉科はやってないということで、家の近くのK耳鼻咽喉科医院を教えてもらった。
そこに電話してみると、午後からの診療は2時から、ということで、まだ1時間くらい時間があった。
来る時にお薬手帳と保険証を持ってきてください、とのことで、H夫人に聞くと、ケースに入った一式を出してくれた。
まだ時間が一時間くらいある、というと、すぐ近くにN医院があるという。
H夫人の家の道路を隔てた向こうにある、とのことで、保険証一式のケースを持って一緒に行った。
信号のない道路なので、車の通行を確認しながら渡った。
H夫人は腰痛持ちらしく、ちょっと歩いては止まって休んだ。
H夫人の案内で、N医院のあるはずのところに着くと、そこにはN医院はなく、デイケアセンターの看板がかかっていた。
それでもH夫人は中に入ろうとした。
ここはN医院ではないと説得したが、なかなかきかない。
でも昼休みだから、ドアに鍵がかかっており、開きそうもなく、声をかけても誰も応答しないので、やっとあきらめた。
ここにきて、やっとH夫人の異常に気がついた。
これは自分だけでは手に負えないと思い、隣町の親戚のY氏に電話してみた。
すると、Y氏は午後から用事があるらしく、頼めそうになかった。
ただ、隣の家のW氏はH夫人の親戚だから、相談してみてはどうか、と言った。
でも実は、H夫人宅に行った時に、H夫人がW家の人を呼んで一緒に音を確認してくれ、というので、W家のチャイムを鳴らしてみたが、留守のようであった。
仕方なくH夫人の家に戻った。
まだ1時間くらい時間があるから、一旦家に戻り、2時頃にまたくるというと、H夫人はそれまで寝ていると言った。
H夫人の家を出てから、もう一度W家のチャイムを鳴らしてみると、W夫人が帰宅していた。
W夫人にH夫人の様子を話すと、すぐにH夫人宅に行き、H夫人に声をかけた。
あとは大丈夫ですから、というので、W夫人にH夫人のことを任せて、H夫人の家を出た。
W夫人の対応の仕方が慣れているところから判断して、どうもこうしたことは頻繁にあるようであった。
義父宅に帰ってから、この状況を整理してみた。
H夫人は認知症とまではいかないだろう。
音が聞こえる、ということ以外は普通通り話せたからである。
ただ認知症の前兆はあるのではないか。
幻聴が聞こえるというのは、確か以前に受けた認知症講座で『こういう兆候が出たら、認知症予備軍』という項目の中に入っていたと思う。
H夫人の息子さんは独身らしく、昼間働いているであろうから、その間、H夫人は一人である。
遠くに娘さんもいるらしいが、遠くなので、頻繁に来るということはないようであった。
小さい頃、田舎に住んでいた時に、隣のお米屋さんのおばあちゃんが我が家に夜中にやってきて、ドアの隅に隠れていたことがあった。
昔の田舎のことで、ドアにカギはかけていなかった。
おばあちゃんになぜ隠れているか聞いたら、お嫁さんから逃げて隠れている、と言った。
しばらくすると、そのお嫁さんが来て、おばあちゃんを連れて帰ったことがあった。
その時はただ、あのお嫁さんはおばあちゃんにひどい仕打ちをしているのかな、と思っていた。
でもそれは誤解で、おばあちゃんは認知症で徘徊していたのかもしれないと思う。
そうすると、お嫁さんは認知症で徘徊する義母を必死で介護していた優しい人だったのかもしれない。
昔の田舎では、こうした身内の恥となるようなことは隠しておきたかったに違いないからである。
今となっては確認することはできない。
そういえば、義父宅でスーパーに買い物に行く途中に、ある店のガラスドアに「尋ね人」と書いた貼り紙を見たことがあった。
80歳くらいのおばあさんの写真であった。
心当たりがある人は下記の電話番号まで、とあった。
おそらく徘徊して家に戻れなくなった人なのであろう。
以前に認知症で徘徊した老人が線路でひかれて死亡し、その遺族に向けて、JR東日本だったかJR東海だったか定かでないが、鉄道会社が列車の遅延・運休の損害賠償請求を行うという記事があったように思う。
遺族の監督不足で、徘徊が発生したということだったが、厳しい仕打ちだな、と思った。
私は東京・江東区のシルバー人材センターに、徘徊老人の捜索システム(各ブロック毎にシルバー人材センター登録の元気な年寄りで捜索チームを組織して、認知症及び認知症予備軍の家族に認知症等の対象者を登録してもらい、月1,000円くらいの費用負担をしてもらう)を提案したことがあったが、多分前例がない、個人情報の保護が難しいということで、採用されなかったと思う。
今回の事例をどう考えたらいいだろう。
すぐにW夫人のところに行って、万が一、W夫人が留守の時の連絡手段(H夫人の息子の連絡先<仕事先>、W夫人の携帯等)を確認しようかとも思った。
さすがに個人情報の関係もあるから、今はまだ聞けないと判断した。
しかし、万が一、再度H夫人の奇行があった場合(W夫人またはH夫人の息子が不在の時)には、こういう対策も必要であろうからその時には確認することとして、今回の場合は、上記の対策についての行動はしないことにした。
夕方になって、Y氏に連絡を取った。
昼間の状況を手短に話した。
H夫人の旦那さんとは、義父の家の近所ということで話をしたことがあるが、H夫人のことは記憶にないようであった。
高齢化社会の大変さの一端を垣間見たような気がする。
-以上-
義父宅にいる11月X日である。
通常やってくる人といえば、市報を持ってくるおばさんか、太陽光発電(東北地方はどうも家庭用太陽光発電が盛んのようである)等のセールスマンくらいである。
昼間に、玄関で誰かの声がした。
チャイムがあるのに、それを押さないで声が聞こえる。
誰だろうと思って出ていくと、隣の家のその隣の家のH夫人であった。
多分80歳を過ぎていると思う。
旦那さんは数年前に亡くなり、今は息子さんと二人暮らしであったと思う。
どうしたのか、と聞くと、誰かか家に来て、音がしている、と伝えていったという。
家の音を何とかして欲しい、という。
とりあえずH夫人方に行ってみた。
息子さんはいないか聞くと、出掛けていて、夜にならないと帰ってこないという。
多分仕事であろう。
息子さんの電話番号はわかるかと聞くと、知らないという。
リビングに入り、音があるのか聞いてみた。
かすかにジーという音が聞こえた。
テレビの音かもしれないと思い、スイッチを入れて、消してみた。
でもかすかな音は消えない。
すぐそばの金魚の水槽で、音がしているように思った。
水槽に空気を供給しているポンプの電源の音がジーというかすかな音を出している。
その電源をタオルでくるんでみたら、少し小さくなった。
でもH夫人はまだ音がしているという。
私にはほとんど何も聞こえない。
試しに耳をふさいでみてもらったら、それでも聞こえるという。
耳の病気かもしれないと思い、近くの総合病院の電話番号は登録しておいたので、スマホでそこにかけてみた。
そこでは耳鼻咽喉科はやってないということで、家の近くのK耳鼻咽喉科医院を教えてもらった。
そこに電話してみると、午後からの診療は2時から、ということで、まだ1時間くらい時間があった。
来る時にお薬手帳と保険証を持ってきてください、とのことで、H夫人に聞くと、ケースに入った一式を出してくれた。
まだ時間が一時間くらいある、というと、すぐ近くにN医院があるという。
H夫人の家の道路を隔てた向こうにある、とのことで、保険証一式のケースを持って一緒に行った。
信号のない道路なので、車の通行を確認しながら渡った。
H夫人は腰痛持ちらしく、ちょっと歩いては止まって休んだ。
H夫人の案内で、N医院のあるはずのところに着くと、そこにはN医院はなく、デイケアセンターの看板がかかっていた。
それでもH夫人は中に入ろうとした。
ここはN医院ではないと説得したが、なかなかきかない。
でも昼休みだから、ドアに鍵がかかっており、開きそうもなく、声をかけても誰も応答しないので、やっとあきらめた。
ここにきて、やっとH夫人の異常に気がついた。
これは自分だけでは手に負えないと思い、隣町の親戚のY氏に電話してみた。
すると、Y氏は午後から用事があるらしく、頼めそうになかった。
ただ、隣の家のW氏はH夫人の親戚だから、相談してみてはどうか、と言った。
でも実は、H夫人宅に行った時に、H夫人がW家の人を呼んで一緒に音を確認してくれ、というので、W家のチャイムを鳴らしてみたが、留守のようであった。
仕方なくH夫人の家に戻った。
まだ1時間くらい時間があるから、一旦家に戻り、2時頃にまたくるというと、H夫人はそれまで寝ていると言った。
H夫人の家を出てから、もう一度W家のチャイムを鳴らしてみると、W夫人が帰宅していた。
W夫人にH夫人の様子を話すと、すぐにH夫人宅に行き、H夫人に声をかけた。
あとは大丈夫ですから、というので、W夫人にH夫人のことを任せて、H夫人の家を出た。
W夫人の対応の仕方が慣れているところから判断して、どうもこうしたことは頻繁にあるようであった。
義父宅に帰ってから、この状況を整理してみた。
H夫人は認知症とまではいかないだろう。
音が聞こえる、ということ以外は普通通り話せたからである。
ただ認知症の前兆はあるのではないか。
幻聴が聞こえるというのは、確か以前に受けた認知症講座で『こういう兆候が出たら、認知症予備軍』という項目の中に入っていたと思う。
H夫人の息子さんは独身らしく、昼間働いているであろうから、その間、H夫人は一人である。
遠くに娘さんもいるらしいが、遠くなので、頻繁に来るということはないようであった。
小さい頃、田舎に住んでいた時に、隣のお米屋さんのおばあちゃんが我が家に夜中にやってきて、ドアの隅に隠れていたことがあった。
昔の田舎のことで、ドアにカギはかけていなかった。
おばあちゃんになぜ隠れているか聞いたら、お嫁さんから逃げて隠れている、と言った。
しばらくすると、そのお嫁さんが来て、おばあちゃんを連れて帰ったことがあった。
その時はただ、あのお嫁さんはおばあちゃんにひどい仕打ちをしているのかな、と思っていた。
でもそれは誤解で、おばあちゃんは認知症で徘徊していたのかもしれないと思う。
そうすると、お嫁さんは認知症で徘徊する義母を必死で介護していた優しい人だったのかもしれない。
昔の田舎では、こうした身内の恥となるようなことは隠しておきたかったに違いないからである。
今となっては確認することはできない。
そういえば、義父宅でスーパーに買い物に行く途中に、ある店のガラスドアに「尋ね人」と書いた貼り紙を見たことがあった。
80歳くらいのおばあさんの写真であった。
心当たりがある人は下記の電話番号まで、とあった。
おそらく徘徊して家に戻れなくなった人なのであろう。
以前に認知症で徘徊した老人が線路でひかれて死亡し、その遺族に向けて、JR東日本だったかJR東海だったか定かでないが、鉄道会社が列車の遅延・運休の損害賠償請求を行うという記事があったように思う。
遺族の監督不足で、徘徊が発生したということだったが、厳しい仕打ちだな、と思った。
私は東京・江東区のシルバー人材センターに、徘徊老人の捜索システム(各ブロック毎にシルバー人材センター登録の元気な年寄りで捜索チームを組織して、認知症及び認知症予備軍の家族に認知症等の対象者を登録してもらい、月1,000円くらいの費用負担をしてもらう)を提案したことがあったが、多分前例がない、個人情報の保護が難しいということで、採用されなかったと思う。
今回の事例をどう考えたらいいだろう。
すぐにW夫人のところに行って、万が一、W夫人が留守の時の連絡手段(H夫人の息子の連絡先<仕事先>、W夫人の携帯等)を確認しようかとも思った。
さすがに個人情報の関係もあるから、今はまだ聞けないと判断した。
しかし、万が一、再度H夫人の奇行があった場合(W夫人またはH夫人の息子が不在の時)には、こういう対策も必要であろうからその時には確認することとして、今回の場合は、上記の対策についての行動はしないことにした。
夕方になって、Y氏に連絡を取った。
昼間の状況を手短に話した。
H夫人の旦那さんとは、義父の家の近所ということで話をしたことがあるが、H夫人のことは記憶にないようであった。
高齢化社会の大変さの一端を垣間見たような気がする。
-以上-
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