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zoom RSS なぜ人を殺してはいけないか

<<   作成日時 : 2008/05/31 23:33   >>

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  某掲示板でなぜ人を殺してはいけないか?について議論していました。

  確か数年前に殺人を犯した子が言ってた疑問だったかと。私もどう答えようか考えてみたことがあります。その理由としては「復讐の連鎖の防止」です。例えばA氏がB氏に殺された時、A氏の親族CはB氏を殺す。するとB氏の親族DがC氏を殺す。人間が感情の動物である以上、やられたことはやり返す、というのが常識。ハムラビ法典で「目には目を」とあります。これを際限なくやっていては人間社会が常に恐怖を感じる社会になってしまいます。以前に「仁義無き戦い」というヤクザ映画がありました。これは復讐につぐ復讐で、どこにも歯止めがなかったと記憶しています。

  これらの『復讐の連鎖を防止するため』に昔の頭のいい人が殺人の禁止と殺人を犯した場合の罰則を規定したのだと思います。この法律の成立の背景が忘れられて法律のみが伝えられてきたので、こうした疑問に答えられないことになったと私は考えます。

  また、人ではなく、動物である場合はどうか。なぜ牛を殺してはいけないか。なぜブタを殺してはいけないか。なぜ白鳥を殺してはいけないか。なぜニワトリを殺してはいけないか。これらは論理的にいけないとは言えない。みんなその肉を食べているのです。ではクジラは?外国の人はクジラを殺すのを牛やブタと同じとは考えない。ではなぜ牛は殺してよくてクジラはだめなのか説明できない。
 また、ペットの犬や猫も殺すということはしないが、なぜ殺してはいけないかは説明できない。

  それと同じで、同じホ乳類を殺しているのに同じ人間だけはなぜだめ、という理屈もつかないはずです。だから、なぜ人を殺してはいけないのか、では論理が成り立たない。論理を逆から考えて殺した場合の結果を見て、その結果を招かないように、予防の論理を組み立てることしかできないのではないかと考えます。
  数学の対偶という論理に近い考え方しかないのではないでしょうか。

  ただ、こうした疑問を持つ、ということはその子ども(または大人)は愛情の不足、近しい親族の死による悲しみの経験の不足、テレビや映画の人を殺した映像による影響等が考えられます。
  こうした考えを持つのを防ぐには、子どもに対する愛情を十分注いでやること、近しい親族の葬式への参列体験、テレビや映画の放映に対して異常なホラー映画、戦争映画や殺人を扱った推理小説の映像等の規制を考えるべきではないかと思います。
  後の2つはすぐに実現するタイプのものではないかもしれないので、親の十分な愛情がこうした考え方を起こさせない一番の方法ではないかと思います。
  

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
コメント有難う御座いました
テーマとは無縁のコメントで済みません
読ませて頂きました
参考にさせて頂きます<m(__)m>
これをご縁に、またお寄り下さいませ〜♪
何のお役にも立てないブログ・・・ですが(^^ゞ
あ!!そうそう笑いはあります|´∀`●|ゞテ゛シッ♪
のんちゃん
2008/06/06 13:05
ありがとうございました(^^)/
上記の”のんちゃんさん”と同じく
テーマとは関係ないコメントですが
ぎっくり腰の事、フラフープが
家にあるのでもう少し調子が
良くなったら、やってみます♪
運動不足にさよならしなくては!
宜しかったらまた、
マロンのブログに来てくださいね(^^)
nana
2008/06/06 13:11
子供と以前ファミコンゲームをやっていた時、(武将の出世していく話なんですが)危機にさらされた時に殺す・逃がす・家来にするだったか選ぶ時です。自分は躊躇してたのですが、息子は殺すを選びました。理由は、後から逆にやられるといったのです。いくらゲームとはいえ、うーんと考えさせられてしまいましたもうかなり前のことですけど、はたと思い出してしまいました。
イ〜ソ
2008/06/06 23:27

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