「世代間の倫理」講演会にオンライン参加

 「世代間の倫理」講演会にオンライン参加した。

 10月28日(水)に原子力学会から上記の案内メールが届いた。
 原子力環境整備センター(以後原環センターと略)は放射性廃棄物、主に低レベル放射性廃棄物の処理処分を行っている機関である。

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         図1 原環センターの業務例(同センターHPより)

 その原子力の関係機関が、上記のようなちょっと変わったテーマの講演会を(11月12日)(木)に開催、とのことである。

 でも考えてみると、低レベル放射性廃棄物(200Lのドラム缶に放射性廃棄物の溶液を入れてそれをセメント固化したもの等)でも、数十年のオーダーで安定に浅い地中で処分管理が必要なわけで、自分たちの世代より後の世代にその管理を委ねる、というシナリオが想定されているから、世代間の倫理という問題は、まんざら的外れというわけでもないと思い返した。
 ちょっと興味本位というところから、参加申し込みをした。

 11月9日(月)に義父宅にいる時に、この講演会のアクセス用のURLが届いた。
 これをクリックすればいいと思っていたら、事前予約をしろという。
 仕方ないので、10日に帰京して、11日に事前予約を行った。
 予約完了したら、予約完了メールが届いた。
 また、同メールには講演会の資料もURLが表示されていて、そこにアクセスしてダウンロードしておいた。

 11月12日当日にも午前中に原環センターからメールが届いた。
 何かと思ったら、3時間後に講演会が開催されるので、という注意喚起のものだった。
 ちょっとオーバーな、と思ったが、同センターにしてみれば初めての試みになるのであろうから、オンライン講演会が不安だったのであろう。
 私もこうした講演会の事務局の裏方仕事をしたことがあったから、事務局としても何かしていないと落ち着かなかったのであろうと思った。
 講演会のプログラム等は末尾に添付する。

 講演会は15時から始まった。
 司会の藤原氏が、録画・録音をしないように、質疑応答は講演後に行う、アンケートを送付するので回答して欲しい、という注意をした上で、講演者の滝口氏の紹介を行った。
 東北大哲学科卒で、現在那須に住んでいる、とのことだった。

 滝口氏は最初にこの日の講演内容を示した。
  (1)田んぼの学校
  (2)2世代間の倫理という問題-歴史をふりかえる-
  (3)〈持続可能性〉、〈持続可能な発展〉をめぐって-世界の動き、ドイツの動き-
  (4)世代間の倫理、理論的諸問題
  (5)結び

 まず(1)の田んぼの学校について話す。
 栃木県東部に住んでいる。
 周りには田んぼや里山がある。
 友人と田んぼの学校を始めた。

R2-11-24R1 田んぼの学校.jpg
         図2 田んぼの学校の様子

 田植えや稲刈り等自然に触れ合える場を作った。
 子どもが変わると、親も変わる。
 子どもが昆虫好きだと親もつられる。
 活動の一端として、田植えや生き物観察、ビオトープや小川がある。
 村の集会所でいろんな催し物を行う。
 昆虫を審査して賞状を上げたりする。
 流しそうめんの時は、竹を割ってそこに水を流した。
 収穫の時期に感謝祭をやったりした。
 コンサートも地元の人に頼んでやっていたが、今年はコロナ禍で中止になった。

 ドイツ語でKultur Landschaftというのがある。
 辞書には載っていない。
 文化的な景観と訳した。
 Kulturというのはラテン語で畑を耕す意味である。
 転じて、心を耕すということで、文化になった。
 田畑は人が長い時間をかけて手を入れたものである。
 田んぼの学校はささやかな営みである。
 そこでは子どもが育つ。
 将来はどうなるか、と思いをめぐらす。
 滝口氏の田んぼの学校は、田に水入れ、田植え、刈入れ、といろいろな思いが湧いてくる。
 なぜ世代間の倫理か。
 親と子のつながり、という世代間の倫理について、ハンス・ヨーナスが初めて取り上げた。

 (2)では2世代間の倫理、という問題についての歴史をふりかえる。
 世代間の倫理はいつ頃にできたのか。
 1960年代後半から意識され始めた。
 宇宙船地球号という考え方が出てきた。
 ローマクラブの「成長と限界」という報告書が出てきて、地球の有限性が意識された。
 デニス・メドウズがこの報告書をまとめた。
 当時で使えるデータを基にして、人口、食糧、工業化、環境汚染、天然資源、消費等の近未来シミュレーションを行い、経済のゼロ成長等も出てきた。
 無論反発もあった。
 石油は30年で枯渇する、というようなことも言われたが、実際は違った。
 ここで大事なことは「地球は有限である」ということである。
 フレチェットの地球有限主義ということについてみてみる。
 地球には使用説明書がない。
 フロンティア倫理(旧思想)と地球有限主義(新思想)を考えた女性の思想家である。
 どのようなモデルがあればいいのか。
 環境問題等は将来世代に対して義務を有するのか。
 人間でないもの(自然や動物等)に権利があるか。
 資源の豊かな国は資源の乏しい国とその富を分かち合うべきか。
 当時の南北問題が背景にある。
 フロンティア倫理は人間が支配者で、人間の幸福追求、豊かな資源があるという「神話」がある限り、現実味があった。
 この前提が崩れると、この倫理を信じていくのは無理がある、とした。

 次にハーディーンの「救命ボート倫理」が1974年に登場した。
 南北問題をどうするか。
 資源をどう配分するか。
 食料不足、飢餓、人口増大にどう対処するか。
 ハーディーンは地球を海に例えた。
 そこにボートが浮かんでいる。

330px-Titanic_lifeboat.jpg
         図3 救命ボート倫理の比喩の図(wikipediaより抜粋)

 先進国のライフボートは乗っている人がそこそこいる。
 開発途上国のボートは満員であふれている。
 先進国のボートに収容して欲しい。
 落ちた人を救うと、ボートは沈む。
 一部の人を乗せてあげるか。
 ではどんな人を乗せてあげるのか。
 乗せるとボートは不安定になる。
 こういう2種類のボートを仮定した。
 海に落ちた人は救われない、という結論を導いている。

 このメタファー(比喩)は劇薬である。
 資源の分配や教育ではこれらの人は救えない。
 共倒れを避けるという大きな危機意識ではある。
 でもこれは反人間的である。
 でも将来世代に対しては、現状を脅かされないですむ。
 共倒れ防止を赤裸々に伝えたものである。

 フレチェットの「宇宙船倫理」は生きる権利がおざなりである。
 南の国は北の国に搾取されてきた。
 南の危機は北にも影響を与える。
 「宇宙船倫理」は閉じた系であり、有限であり、搭載能力に限界がある。
 みんな一緒に宇宙船地球号に乗ると、一部の乗客が困窮する。
 公正な配分を目指すと、豊かな国々に変更を求める。
 先進国の人々にとって自由の制限になる。
 でも、自分たちに必要なものだけを消費する、というような考えが必要になる。
 一見すると自由の制限に見えるかもしれないが、自由の本来的な経験(自由の本来の姿)ではないか。

 (3)では〈持続可能性〉、〈持続可能な発展〉をめぐって-世界の動き、ドイツの動き-をみてみる。
 世代間の倫理というのは、国連では1987年に出てきた。
 ノルウェーのブルントラント女史が委員長を務める委員会で、現実の世界の動きに合わせたものである。

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         図4 ノルウェーのブルントラント元首相の様子

 Sustainability(持続可能性)という提案があり、これが1992年のリオサミットで取り上げられた。
 自分たちの世代だけでなく、将来世代のことも考えて、ライフスタイルを自由に選択できるように、この考え方をベースにして今を論じるものである。
 人間中心主義であり、自然の劣化しない共存を目指す。
 社会の持続可能性、社会のゆがみ、不平等に目を向けるものである。
 経済の持続可能な発展を目指し、世代間の公正をベースに置いたものである。
 1992年のアジェンダ21とローカルアジェンダ21として採択された。
 自治体レベルで持続可能な発展を目指すもので、西ヨーロッパで広がりを見せるようになった。

 ドイツの例でいえば、この「世代間の公正」という思想的なテーマに留まらず、社会的な合意にまで発展した。
 日本とドイツは共に敗戦国として経済復興を行ってきた。
 ドイツは工業化が進む中で、環境汚染(ライン川の汚染、大気汚染等)は国境を超えた国際問題として、市民の関心が高まった。
 エコロジー問題を契機に「緑の党」が結成された。
 1971年にドイツ政府は2つの通達を出した。
 環境保護計画と環境教育計画である。
 環境にやさしい人づくりを進める。
 環境保護計画で3つの目的を掲げた。
 人間が人間らしく、乱開発防止、汚染除去である。
 これらが法令の土台となった。
 循環経済・廃棄物法(1996年)発行となった。
 この法律の底流には、次世代のために自然を守る責任が現役世代にある、というものである。
 この理念はドイツの憲法にも1994年に追記された。
 2002年には持続可能な発展のための戦略が策定された。
 それは4つの指導原則からなる。
  1.世代間の公正、2.生活の質、3.社会的協同、4.国際的責任
である。
 これらは2年毎に評価される。
 イギリスの哲学者ホッブスは「人間は人間に対してオオカミである。」と言った。
 冷めた目で人間観察をしていた。
 長期的なことを考えないのが人間である、とも言った。
 〈世代間の倫理〉や〈世代間の公正〉は、長期的視野、全体的視点から浮かび上がる。
 ドイツの哲学者のカントの「世界市民的見地における普遍的歴史の構想」(1784年)は、カントの思考法がよく伝わってくる珠玉の名編である。

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          図5 イマニュエル・カントの絵

 試行錯誤による豊かな経験が次世代に引き継がれていくことを示唆している。
 これが後に国際連合の考え方になっていく。

 (4)では世代間の倫理、理論的諸問題について述べる。
 世代間の公正はきれいごとだという意見もある。
 東洋の論語では「汝の欲せざることを人に施すことなかれ」という。
 ベンサムは「最大多数の最大幸福」を唱える。
 これらはいずれも同じ世代における倫理である。

 フレチェットは農薬DDTについての問い掛けを行った。
 DDTは1942年に発見されて食料の保全に役立った。
 しかし、その汚染は広がり、がんや遺伝的障害の原因になった。
 我々は未来の世代に対して義務を有する。
 DDTの例を見ると、次世代への倫理を考えないわけにはいかない。
 未来世代は契約の当事者とはならない。
 ワグナーは未来の人の権利を認めるなら、その分現代の世代はそのことを考えにいれて行動しなければいけないという。
 フレチェットは恩の理論に基づいて、今の世代は過去の世代に恩がある、将来の人に恩を与えないといけない、という。
 ジョン・ロールズの「正義論」がある。
 無知のベールに包まれた原初状態論を活用する。
 自分が金持ちかそうでないか、男か女かも知らない。
 この場合にどういう共通のルールを作ろうとするか。
 誰もが弱者になり得る。
 女性のお茶汲みはあまり尊敬されないだろう。
 自分が男であっても、無知のベールの下では自分がお茶汲みしているかもしれない。
 何をなすべきか、は出しにくい。
 何をなすべきではないか、を出すのである。

 (5)の結びについて述べる。
 哲学者ヘーゲルは現実とは何か、について考えた。
 事柄、条件、活動の3つからなり、これら3つがつながり合う中が現実となる、と言った。
 ハンス・ヨーナスは「世代間の倫理」を初めて提唱した。
 世代間の倫理は親子関係がヒントになる。
 田んぼの学校も、親子関係で子どもが喜ぶと親も喜ぶし、それは自分の子どもだけではなく、他の子どもでも同じではないか。
 ここに世代間の倫理のささやかな手がかりがある、と説明した。

 この後質疑応答の時間で、私はドイツの移民政策について聞いた気がするのだが、回答をよく覚えていない。
 他の人で、高レベル廃棄物のことを聞いたり、DDTは必要悪、というような質問もあったが、滝口氏が何と答えたかは覚えていない。

 以上でこの世代間の倫理に関する講演会は終了した。

 私は今まで将来世代というのを漠然と考えたことはあるが、今の世代が将来世代に対して義務を有する、というようなはっきりした考えを持っていたわけではない。
 でもよく考えてみると、国連の持続可能な開発目標SDGsは「持続」という点で、将来世代への遺産継承という意味合いがあることに気づいた。

 この原環センターは低レベル放射性廃棄物処理全般と高レベル廃棄物の資金管理という業務から、将来世代に対しての責任を負っている機関である。
 だから、こういう講演会は彼らにとっても意味があるし、私たちの世代みんなが将来世代、自分の子どもや孫に責任があることを自覚させてくれた。
 それは講演中にも出てきたことであるが、私たちの祖先が私たちに残してくれた遺産を私たちが引き継いでいることの延長線上にあるのである。

 私は理系人間なので、こうした文系的な、社会科学的な考え方は目新しいものである。
 今後も自分の学問的な視野を広げる意味でも、こうした講演会には参加していきたいと思う。


<2020年度 第2回原環センター講演会>
 1.日時:2020年11月12日(木)15:00~17:00
 2.場所:オンライン(Cocripoというシステム使用)
 3.申込:事前申込要
 4.費用:無料
 5.講演概要:
  演題:「なぜ『世代間の倫理』が問われるのか? -歴史的背景、そして哲学的問題点-」
  講演者:滝口 清栄 氏
  骨子:近年、社会のゆくすえ、人類のゆくすえという広い視野での議論が低調のように見受けられます。
     社会に、そして世界にゆとりがなくなっていることも一因のように思われます。
     そこでは人々を取り囲む人工的情報世界のありかたも、人々の遠くを見る目を妨げているかもしれません。
     「世代間の倫理」という問題は、社会や人類の過去、現在、未来という視野を含みます。
     「世代間の倫理」が話題になるにあたっては、歴史的背景があります。
     そして「世代間の倫理」は、思想の歴史のなかで新しいテーマであり、これには、これまでの理論的枠組みとはちがった基礎づけが必要です。
     しかし、この理論的基礎づけの問題をぬきにしても、実際の社会の動き、世界の動きのなかに、「世代間の倫理」は姿をあらわしてきました。
     この辺のあらましをお話しします。

 講師略歴:
  1975年 東北大学文学部哲学科卒業
  1984年 法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学
  2007年 文学博士(東北大学、「ヘーゲル『法(権利)の哲学』形成と展開」
      による)。
      現在、法政大学、専修大学、駒澤大学などで教鞭をとる。

 6.原子力環境整備センター概要
 公益財団法人原子力環境整備促進・資金管理センター(原環センター)は、1976年10月の設立以来、放射性廃棄物の安全かつ合理的な処理処分の実現に求められる様々な試験、研究、開発、調査等を推進し、その成果の普及に努めてまいりました。
 このたび、その一環として、以下のとおり2020年度第2回原環センター講演会を開催いたします。
 ご多忙のところと存じますが、多数ご参加頂きますようお願い申し上げます。
  -以上-

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