大相撲観戦に行ってきた

 大相撲観戦(2020/1/22)に行ってきた。

 大相撲一月場所が両国国技館で開催された。
 今場所は白鵬・鶴竜共に途中休場で少し興味が薄れた面もあったが、1月22日(水)時点(11日目)で遠藤の活躍、正代、徳勝龍が共に9勝1敗でトップ、2敗が大関貴景勝、豊山、輝の3人が争う状況である。

 昨年12月の地元有志との例会の時に、1月の開催日22日(毎月第4水曜日)のことを聞いたら、I氏がその日は大相撲観戦でダメという。
 その後、思い直したように、一緒に大相撲を見に行きませんか、と提案された。
 その場で了承し、I氏がチケットを手配してくれることになり、例会の数日後にチケットが送られてきた。

 1月22日(水)は天気はよかったが、寒い日であった。
 12時に国技館入口を入ったホールの中で待ち合わせした。

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         図1 両国国技館の様子

 I氏は大相撲観戦の仲間を連れてきており、Ka氏、M氏、W氏を紹介された。

 私は1月16日((木))に国立がん研究センターに行って血液検査を受け、PSA値3.7だった(PSA値4.0以上でがんの疑い)と言った。
 経過観察継続で、今度4月16日(木)に検査、ということを説明した。

 I氏の手を見ると赤く腫れていた。
 どうしたのか、と聞くと、両国国技館に来る途中で転倒して、左右の手の指と右のおでこの辺りに軽い傷ができていた。
 寒いので、ポケットに手を入れていたことが悪かったようである。
 その場でI氏にチケット代を支払いした。
 また、例会のメンバーには町内会に提案した町内会向け地区防災計画案も渡した。

 その後、ちゃんこの試食に行った。
 地下の食堂の前に行列ができており、その列に並んだ。
 この日は八角部屋のカレーちゃんこであり、300円であった。
 八角部屋は相撲協会理事長の八角親方(元横綱北勝海)の部屋である。
 レジのようなところで300円を支払うと割り箸をくれた。
 それを持って受け渡し口に行って、プラスチックの容器に入ったカレーちゃんこをもらった。
 カレーにすると何でもおいしいよね、と誰かが言った。

 食堂を出て、観客席に移動した。
 座席は2階の東の上の方の席で横に並んで座った。

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         図2 大相撲観戦の風景(幕内後、十両以下の時はガラガラ)

 三段目の阿蘇錦-葵の取組から見た。

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         図3 大相撲一月場所星取表 

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         図4 大相撲一月場所取組表

 ビールや焼き鳥、お菓子などを食べながら、ワイワイガヤガヤと観戦した。
 三段目あたりだとまだ体もあまり相撲取りらしくない感じであった。

 私は相撲大会に出たことはなく、私の兄は何回か地方の相撲大会に出たことがあったように記憶している。
 今は野球、サッカーに加えて、ラグビー人気等の人気スポーツが多くあり、相撲をやろうという動機付けがかなり不足している。
 モンゴルまで出かけて行って相撲力士をスカウトするのは、モンゴルにはモンゴル相撲の歴史があって、日本の相撲に近い土壌があることも大きいであろう。
 確か白鵬の父親はモンゴル相撲の関係者だったような気がしている。
 琴欧州だったか栃ノ心だったか、柔道から転身したような人もいたと思う。
 柔道も相撲と似たスポーツで、柔道にはプロがないから、という理由である。
 相撲協会から放り出された元横綱貴乃花が相撲学校を作ろうとした背景にはこうした底辺発掘の試みが現状で何もないから、との危機感であろう。
 しかし、貴乃花は学歴が中卒であるから、民主主義の多数決やそのグループの作り方等戦略・戦術的な知識がまるでない。
 今の八角理事長は尾車親方(元大関琴風)という軍師兼副理事長がいる、というのを文春あたりで情報があったように記憶している。
 豊臣秀吉の時の黒田官兵衛的な軍師、または作戦参謀を持っていないといけない。
 いい戦略があってもそれを実現するための戦術・方策がないと、絵にかいた餅になってしまう。

 幕内の土俵入りでは、東西でその日の取組の東に座る力士が東の土俵入り、取組で西に座る力士が西の土俵入りで姿を見せた。
 十両でも、幕内と同じように土俵入りがあるのにはびっくりした。
 NHKの大相撲中継は3時頃からであるから、十両の土俵入りは見えない。
 BSでは見られる、との指摘があった。
 幕内の土俵入り前後に満員御礼の垂れ幕が出ていた。

 照ノ富士が十両で出てきた。
 貴乃花が負傷しながら武蔵丸に勝って優勝し、当時の小泉純一郎首相が「感動した!」と言っていたことを思い出した。
 この出来事などが大相撲のドクターストップ制度の導入ができない原因ではないか、と言った。
 横綱稀勢の里との一戦で膝を負傷した照ノ富士が序二段まで落ちて、そこからまた這い上がり、十両の下位で現在10連勝しており、今日も勝って11連勝となった。
 日本人の判官びいきで、十両で全勝優勝して欲しいという話が出ていた。
 ただ、照ノ富士はモンゴル出身なので、日本人に期待するものと同じなのかな、と思った。
 まだ照ノ富士の両膝はサポーターをしており、治っていないのかと心配したが、怪我予防のためではないかという意見もあった。

 大関・豪栄道と元大関・高安の取組があったが、豪栄道3勝、高安4勝と不調なもの同士の取組では今一つ盛り上がらなかった。
 高安は稀勢の里の弟弟子なのに、引く相撲ばかりで情けないと思った。
 しかし稀勢の里も相撲巧者とはいえず、馬力で横綱になったわけだから、あまり変わらないし、二人とも工夫をするタイプの力士ではない、との意見もあった。

 照強の豪快な塩撒きに関連して、土俵の砂はリサイクルするのか、塩が混じっているから他のところで使えないのでは、という意見もあった。
 ただ土俵の砂は特注品のようでどこかから運んでくる、との説明もあった。

 貴景勝と宝富士の懸賞が38本立った。
 永谷園やカルビー等名の知れたメーカーもあれば、日本ハウスHD等無名と言えるようなメーカーもあった。(図3参照)
 CMに関してNHKは厳しいのに、懸賞ののぼりや館内放送はいいのか、と疑問を言ってみた。
 すると、Ka氏から懸賞ののぼりが出る時はカメラを遠くに引いて見にくくなるようにし、館内放送も低く絞る、との説明があった。
 また、懸賞金は1本6万円くらいで半分は相撲協会預かりで半分が力士に渡る、とのことで、力士をやめた時に一括で力士に手渡される、とのことであった。
 取組はまともにぶつかり合いとなり、貴景勝が宝富士を押し出して勝った。

 最後に弓取り式を見て、国技館を後にした。

 この後、国技館の近くの「ととがなし」という居酒屋で、上記のメンバーとI氏が呼んだ女性が合流した。
 コンシェルジュのH女史で、仕事が終わって駆け付けてくれたようであった。

 「ととがなし」は「恙なし(つつがなし)」のもじりで「ととがなし」つまり「魚なし」との意味かと思った。
 しかし、店長が奄美方言で「ありがとう」という意味だ、と説明してくれた。

 私はKa氏やH女史と話した。
 Ka氏は商売をやっていた人のようで、伊勢神宮の辺りの出身らしかった。
 私が原子力に従事していた話をすると、I氏と同じくやはり反原発の意見で、今の世代で解決できないものを後世に残すべきではない、との意見であった。
 H女史は何かスポーツはやっているのか、と聞くと、ヨガをやっている、とのことだった。
 始めたきっかけを聞くと、同僚がやっていたのを聞いて、何となく、というようなものであった。
 最後に店を出る時、「ととがなし」と言って出た。

 いつも話しているメンバーと違うグループの人と話したわけであるが、みな気さくな人たちで話しやすい印象であった。
 また、大相撲観戦も約1年半ぶりで、テレビで見るのとまた違った雰囲気で見ると、違った視点だったり、大勢でワイワイガヤガヤというのもなかなか新鮮な気分で楽しかった。
 また、機会があれば来てみたいと思う。
  -以上-

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