東北釜石旅行は突然に

 地元の有志と東北の釜石に一泊二日の旅行に行った。

 毎年今頃は東日本大震災の復興の微力な一助であるが、福島または東北のどこかに旅行しようということが何となく決まっていた。
 一昨年は会津若松の鶴ヶ城等を見に行った。
 NHK大河ドラマの「八重の桜」で新島襄の妻の新島八重が鶴ヶ城で奮戦したことがイメージにあったと思う。
 昨年はいわき市のスパリゾートハワイアンズ等を見に行った。

 今年も福島かなと思って、少し前にシンポジウムで知ったコミュタン福島等の三春町を候補として考えていた。
 6月の例会に出席したが、ワールドカップラグビー場のある釜石が提案され、福島だけでなく、東北の三陸海岸辺りの様子もみたいということになり、釜石一泊二日の旅行となった。
 メンバーの都合により、7月でなく、8月ということで8月末とした。

 以下にその旅行をメモ風に示してみる。(概要は末尾に示す。)

(1)切符及びホテル手配の件
 I氏より8月の旅行の1日目の切符が取れた、とのメールが8月12日にあった。
 8月14日前後に郵送してもらったものを受け取った。
 ホテルも取れた、とのことであった。
 2日目の帰りの切符は旅行1日目に直接渡すとのことであった。
 また、6月、7月の旅行概要に合わせて、各ポイントの駅での乗車時間等のスケジュールを書いた資料も受け取った。

(2)東北釜石旅行
 ①概要
  東北の釜石への1泊2日の旅行を行った。
  東日本大震災で被災した東北の復興状況をみることが主要目的である。
  主なコースとしては、1日目:東京→新花巻→遠野→釜石(泊)
            2日目:釜石→気仙沼→一ノ関→東京
 ②旅行1日目:8月27日(火:出発日):東京→新花巻→遠野→釜石(泊)
  東京駅発7時16分東北新幹線の「はやぶさ101号」に乗車し、新花巻駅に9:49に到着した。
  新花巻駅から、釜石線の釜石駅に移動し、9時57分発の電車に乗った。
  遠野駅に10時51分に着き、タクシーでカッパ淵・常堅寺まで行った。
  私は遠野物語を読んだような気がしたが、座敷わらしはあったように思うが、カッパはどうも記憶がなかった。

カッパ淵・常堅寺5R1-8-27.JPG
         図1 カッパ淵の看板(場所は小川みたいなところ)

カッパ淵・常堅寺1R1-8-27.JPG
         図2 常堅寺の様子

 カッパ淵・常堅寺を見て、それから歩いて伝承園まで移動した。
 伝承園の隣の食堂で昼食を食べて、伝承園を見学した。
 伝承園は柳田国男が佐々木喜善(鏡石)から遠野にまつわる民話を聞いてそれを「遠野物語」として発表したというような資料館や古民家等があった。
伝承園2R1-9-8-27.JPG
         図3 古民家の例

 遠野駅までは黄色のワンマンバスに乗って帰ってきた。
 遠野駅近くの遠野市立博物館に行き、南部藩の歴史や庶民の暮らし、遠野物語の経緯等をみた。
 ドイツ人のガイド風の人がいたのが印象的であった。
 私たちはその人に案内されたわけではない。

 遠野駅発15:43の電車で、釜石駅に16時41分に着いた。
 駅でワールドカップラグビー会場のことを聞いたが、2駅先とのことで翌日考えることとし、タクシーでホテルについた。
 小雨が降ってきた。
 お風呂に入った後に夕食に出かけ、ホテルで教えてもらった寿司屋に出かけ、夕食を取った。
 釜石駅近くは港から少し離れているのであろうが、その寿司屋の1階の天井付近まで津波がきた、とのことだった。
 帰りはかなり雨脚が強くなっていて、道路は冠水寸前のようだった。

 ③旅行2日目:8月28日(水):釜石→気仙沼→一ノ関(新幹線の駅)→東京
  翌日朝7時よりバイキング形式の朝食を取った。
  テレビで釜石付近は昨夜から今朝の6時まで雨量が100㎜を超えている、とのことであった。
  そのため、釜石線も三陸鉄道も共に午後1時頃まで運転休止、とのことであった。
  I氏の提案により、釜石駅周辺のトヨタレンタカーで車を借りて、運転免許を持ってきていたI氏の運転で予定のコースを回った。
  こういう時まで運転免許証を持ってきている、ということにまず驚いた。
  また、すぐにレンタカーというところに発想が出たことにも驚いた。
  I氏は危機管理がしっかりできているということなのであろう。
  最初に鵜住居(うのすまい)駅近くのワールドカップのラグビー場に行った。
  観客席の増設工事の最中のようだった。

釜石ラグビー場2R1-8-28.JPG
         図4 釜石ラグビー場の様子

  すぐ近くに防潮堤らしい構造物があった。

釜石防潮堤2R1-8-28.JPG

         図5 防潮堤らしき構造物(防潮堤かどうかは不明)

  カーナビが少し古く、新規の道路等は表示されない等の不便はあった。
  途中後ろの座席に乗っていたK氏がカーブが多い道路だったため車酔いして、途中のコンビニで小休憩して、その後助手席の私と交替した。
  私は今まで一度も車酔い、船酔いをしたことがないのである。

  途中こうしたことがあったが、何とか気仙沼のリアス・アーク美術館(11時頃)に着いた。
  当初の予定は気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館に行く予定であったが、間違えて美術館の方に行った。
  再度伝承館に行く選択肢もあった。
  しかし、この美術館でも東日本大震災の資料や残骸展示等震災の資料は十分に見たので、伝承館には行かなかった。

アーク館5R1-8-28.JPG
         図6 東日本大震災の記録資料の一例(1)

アーク館3R1-8-28.jpg
         図7 東日本大震災の記録資料の一例(2)

  一ノ関駅に行く途中で昼食を取り、川崎というところで土産物を買ったりした。

  一ノ関駅に予定(17時にレンタカー返却)より早く15時頃着いたので、近くの観光として、達谷窟(たっこくのいわや)の毘沙門堂に入った。
  平安時代の征夷大将軍・坂上田村麻呂に所縁の地であり、朱色の建物が印象的であった。

達谷窟1R1-8-28.JPG
         図8 達谷窟(たっこくのいわや)の毘沙門堂の様子

  17時頃に一ノ関駅に戻り、レンタカーを返した。
  駅で、2日目のJR線を利用しなかった区間の払い戻しを相談し、東京に戻ってからの払い戻し、とのことで、I氏に東京駅で切符を預けた。

  タクシー代やレンタカーの費用は駅の待合室で清算した。
  新幹線料金は往路・復路とも約15,000円であった。
  レンタカーはガソリン代も含め約9千円で3等分した。
  17時48分の一ノ関発の「はやぶさ112号」で東京に20時頃に戻り、東京駅で解散した。

 今回、東北釜石旅行で、復興の一端をみてきた。
 100㎜超の大雨で電車が土砂崩れの恐れがある等のもろさも見えて、復興がなかなか進展していないように見えた。

 こうした旅行は微力ながら復興の一助となると思うので、来年以降も続けていきたいと思う。

<東北釜石旅行メモ>
 1.日時:2019年(令和元年)8月27日(火)~8月28日(水)
 2.場所:東北釜石旅行(1泊2日)
 3.参加者:I氏、K氏、一つの石
 4.配布資料(7月議事メモ案他、江東区防災マップ<江東区防災全域マップ、対策メモ>)
  -以上-

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