夏はやっぱり盆踊り

 町内会の盆踊りがあった。

 町内会の役員になっているので、夏祭りの打合せから始まる。

 スケジュールは下記のようになる。
  (1)町内会の夏祭り打合せ7/9(火)
  (2)夏祭り実行委員会の打合せ7/20(土)
  (3)盆踊り練習7/30(火),8/7(水)
  (4)夏祭り準備及び夏祭り(盆踊り)8/17(土)~8/18(日)

 7月9日(火)に義父宅から少し早めに帰京した。
 夕方6時から近所の居酒屋風のお店で町内会の定例役員会があった。
 今年の夏祭りの日程が8/17-8/18ということと、そのための夏祭り実行委員会が7/20にあるということを会長より説明して、定例会は終わった。

 7月20日は夕方より実行委員会が開催された。
 町内会の中を4ブロックくらいに分けて、各ブロックで夜店の出し物を決めたが、例年通りということで、すぐに終わった。
 ただ、一部のブロックはPTA役員が担当しており、毎年メンバーが変わるので、その顔見せ的な要素もあった。

 7月30日(火)はちょっと忙しい日であった。
 地元有志の会のメンバーK氏は一昨年退会していたが、最近亡くなっていることがわかり、前日近所の花屋でお花を注文しておいた。
 その花屋さんは以前葬儀屋をしていたことがある、とのことで、仏壇用の花を用意してくれていた。
 午前10時にそのお花をもらって、地元有志の会のメンバーと待合せた場所に行った。
 そこで香典として3人で3千円ずつと有志の会の雑費から千円出し、1万円を熨斗袋に入れた。
 メンバーとK氏宅へ伺い、線香をあげてきた。
 居間でK氏のお姉さんとK氏との思い出や亡くなる前後の話などをして、故人を偲んだ。
 その後有志の会のメンバーと昼ごはんを一緒に食べて、K氏の話などをして、その後に別れた。 
 午後には午前の活動メモをまとめたものを作成し、メンバーにメール送付した。

 夕方コンビニに行き、夕食代わりのおにぎり2個と水分補給のために500mLのペットボトルのお茶を買った。
 家でおにぎりを食べて、6時半には練習場所に行った。
 1回目の練習であったが、大きな部屋が取れず、例年の部屋の半分くらいの部屋で練習した。
 踊りのO師匠(80歳くらいの女性)は今回新しく白浜音頭をやるということで、一から教えてくれた。
 なかなか新しい踊りには慣れないが、習うより慣れろ、の精神で行こうと思った。
 また東京五輪音頭2020を練習、ということであったが、一番から五番まで微妙に振付が変わるので、やはり全部を覚えるのは昨年同様無理であった。
 作戦としては、東京五輪音頭2020の時はO師匠が見える位置にいて、O師匠の真似をすることとした。

R1-8-25R1東京五輪音頭その1.jpg
         図1 東京五輪音頭2020の踊りの一例

 この日は白浜音頭を何度か練習し、続いて東京五輪音頭2020、深川音頭、炭坑節、八木節、あられちゃん音頭、ダンシングヒーロー、ずんば音頭、東京音頭、大東京音頭を合わせて練習した。
 どれがどんな内容だったか覚えていないが、曲がかかると、何となく思い出して大体は踊れたように思う。

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         図2 白浜音頭の踊りの一例

 8月7日の2回目の練習は、義父宅にいる時なのでパスした。
 盆踊りのみのために帰京を早めるというのも、ちょっと無理があるような気がした。

 8月9日(金)に帰京すると、町内会より、夏祭りのプログラムが届いていた。

 夏祭りは8月17日(土)、18日(日)の2日間で行われ、模擬店・子ども縁日コーナー、盆踊り、ビンゴ大会、盆踊り(つづき)という構成で、昨年と同じである。
 模擬店・子ども縁日コーナーは町内会の各マンション担当が準備し、それらのテントは会場設営会社に町内会より依頼している。
 これらの模擬店は食品を扱うので、保健所の許可が必要で、これも町内会より申請している。
 保安の心配もあるので、警戒本部というのができていて、警察か消防かはわからなかったが、人が詰めていた。

 今年は去年と違うのは、台風10号が日本に近づいていた。
 もしこれが関東を直撃したら、夏祭りはできないと思っていた。
 幸い関東には来なかったが、九州の方は豪雨で大変だったようである。
 逆に熱中症を心配したが、遠く離れた台風の影響か、風が結構強く吹いていて、熱中症の心配もなさそうであった。

 8月17日(土)に私は13時半少し前に備品を会場に運ぶために町内会倉庫に行った。
 予定の10分前くらいから搬出が始まり、予定通りの時間に来たH氏は何もしないことになってしまった。
 それから会場に移動し、大きな仕事としてテント設営があった。
 テント設営は最低6人が必要で、最初に骨組を組み立て、それからフレームを固定し、テントの屋根カバーを取り付けた。
 それを固定バンドで固定した。
 その後6カ所の支柱に6人が立って、支柱の折れた部分を伸ばす作業を一斉に行った。
 テントが立つと、支柱の下に、20㎝直径の円型の厚さ5㎝くらいの鉛ブロックを置いた。
 風で飛んでいかないようにしているのである。
 それから机、椅子を並べた。
 また町内会の旗が届けられて、倉庫から持ってきた旗指し棒に取り付けて各模擬店と本部に取り付けた。
 この旗の固定にはビニール製の固定バンドを使った。
 寄付金の看板が黒板のボードのような作りになっていて、10万円、1万円、5千円、2千円の欄に寄付者の名前を書いていった。
 私は昨年と同じく2千円で、最低ランクの寄付金である。

 その後、役員たちは浴衣に着替えるために一旦家に戻った。
 私は浴衣を着ないので帰る必要はないが、休憩を取る意味で帰った。

 17時半頃に再度会場に行った。
 まだ人は多くなかったが、役員も少しずつ集まってきた。
 ビンゴカード販売用の小銭は5万円分を用意したようであった。
 ビンゴカードは1枚300円だが、1,000円でお釣り、という人が多く、例年てんやわんやの様相である。
 今年は準備万端で大丈夫と思っていたが、いきなり1万円札を持って買いにきた人がいて、さすがに小銭全部を使うわけにもいかず、しばらく待ってもらった。
 また、H氏は昨年と同じく、個人で10,000円分の100円玉の用意をしてきた、と言っていた。
 18時近くなると、踊りのO師匠やその踊りグループがやってきて、あちこちにあいさつしていた。
 私は本部に座っていて、ビンゴカード販売のお手伝いを少ししていた。

 18時になると、役員のH氏が司会をして、夏祭りはスタートということになった。
 町会長があいさつして、すぐに盆踊りが始まった。
 私は踊れるかな、と心配だったが、曲が流れると不思議に振付を思い出した。
 踊り手の中にO師匠と同じくらいの上手な踊り手が何人かいて、O師匠の姿が見えない時には、こういう上手な踊り手を見て、そのスムーズな動きを真似てみた。
 曲は①東京音頭②炭坑節③八木節④アラレちゃん音頭⑤大東京音頭⑥にっぽんの歌⑦ズンバ音頭⑧深川音頭⑨東京五輪音頭2020 ⑩ダンシングヒーローの10曲と、今年は新しく⑪白浜音頭が加わり、これらを繰り返し踊った。
 東京五輪音頭2020は少し難しい、とのことで、この踊りの最初の時にO師匠が壇上に上がって一通り振付を説明した。
 でも難しいのは変わりないので、できるだけO師匠の姿を見て踊った。
 盆踊りは珍しいのか、外人さんが見ていた。
 驚いたのは車椅子の人が一人踊っていたことであった。

 19時になると、盆踊りは休憩で、踊り手たちは一斉に水分補給に行った。
 踊り手のテーブルに紙コップとお茶の樽が用意されていた。

 ビンゴ大会では、ビンゴの番号発生器みたいなものを町会長が管理していて、ビンゴ大会が始まる直前にプレゼンターに渡していた。
 それを使ってビンゴ大会を進めた。
 昨年と違い、プレゼンターを会長自らがやっていた。
 どうもプレゼンターが急に都合が悪くなったようであった。

 昨年までは外れは何もなしであったが、今年は外れなしで、ビンゴにならなかった券と引き換えに「うまい棒」を出していた。

 ビンゴ大会が終わるとまた盆踊りが再開された。
 19時40分から21時過ぎまで続いた。
 1日目の祭りが終了したら、その日にテント等も骨組は残して一旦小さく畳んで、机や椅子もその中の一か所に集めておいた。
 ゴミもゴミ捨て場に捨てに行った。
 家に帰ると、とにかくシャワーだけ浴びてそのまま寝た。

 2日目の8月18日(日)は15時に会場集合、と前日解散時に言われていた。
 15時頃に行ってみたら、メンバーが少し足りず、江東区ジュニアリーダーから若者2人を借りてきた。
 このジュニアリーダーは昨年も片付けを手伝ってくれた。
 昨年は息子の中学校時代の同級生も一人いて、息子さんは来ないのかと聞かれた。
 息子はもう祭りにはあまり興味がなくなっているようである。
 ジュニアリーダーの手も借りて、テントも再度組み上がった。
 その後、机や椅子を並べ、町内会の旗を再度各模擬店に取り付けにいった。
 準備ができたので、また役員は浴衣に着替えるために家に帰り、私も休憩のために帰った。

 17時半頃に再度出かけた。
 18時からH氏の司会で、町会長のあいさつなしで盆踊りがスタートした。

 19時にはビンゴ大会が行われた。
 19時にビンゴカード販売は締め切ったのだが、19時過ぎて駆け込んでくる人も何人かいた。
 ビンゴ大会が終わると、また盆踊りが再開された。

 今回もいろんな人が踊りの輪に参加したが、去年より一般参加の人が多いような気がした。
 踊り子の人はみな浴衣で踊っているのだが、私みたいにジーパンにTシャツで踊っている人もいるので、輪の中に入りやすかったかもしれないと一人合点していた。
 私は東京五輪音頭2020に四苦八苦していた。
 O師匠の姿が見えなくなると、踊りのうまい数人を見るのだが、彼らも苦しんでいるようだった。
 東京五輪音頭2020は3、4回流れたと思うが、ついにマスターとはいかなかった。

 2日目は片付けの関係もあり、20時半に盆踊りは終了した。
 踊りのグループは水分補給して、さっさと退場した。
 残った役員はそこからテントの解体、机、椅子の片付け、旗の分解、ゴミの片付けとバタバタしていた。

 飲み物の余りはあまりなく、お弁当が少し余っていたので、私は1個いただいて、あくる日の昼食になった。
 テントや机、椅子は町会倉庫へ持って行った。
 この片付けの時に隣のマンションの副理事長も参加していたようで、途中で関東大震災の話や防災についていろいろ話したりした。

 今年も何とか無事に終わった。
 課題としては、雨が降った時の臨時屋根の設置がある。
 来年も夏祭りがあるとしたら、また同じ問題が出てくるような気がする。

 ただ、今回も隣のマンションの住人と今まで一度も接触したことも会話したこともないような人との関わりができた、というのは小さなことではあるが、地域の中での人とのつながりができたように思う。
来年もできる限り参加したいと思う。
  -以上-

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