「防災における”住民の主体性”」シンポに参加

 「防災における”住民の主体性”」シンポ(5/11)に参加した。
 
 5月5日(日)に防災士会より定期的なメールマガジンが届いた。
 5月5日はゴールデンウイークの10連休の9日目であるから、少なくともこのメールを送った人は出勤していたことになる。
 国会で働き方改革を議論している中で、また、私がよく見ているNHK「チコちゃんに叱られる」の中でCGチームをゴールデンウイーク中に休ませるために、番組でCGの省力化を図っている、というようなことを横目でみているものからすると、働き方改革に逆行するようなメールと言える。
 でも私は10連休と関係なく、毎日が日曜日状態であるから、このようなメールが来ても一向に構わないのである。
 5月11日(土)は義父宅から帰京しているから参加できる。
 また、事前申込不要、無料とあったので、一応手帳にスケジュールを書き込んでおいた。

 しかし、最近少しボケ気味なのか、当日朝にはすっかり忘れていた。 
 土曜日はいつものように、午後は近所の喫茶店で読書でも、と思ったが、ふとこのシンポジウムがあることを昼過ぎに思い出した。
 でもその時はもう開始時間間近であって、今から行っても間に合わない、途中で入るくらいなら申込不要ということで申込も何もしていないから、やめておこうか、とも思った。
 しかしタイトルが気になった。
 「防災における”住民の主体性”」シンポというものである。
 今までは行政主体であったのを転換するものであるから、聞いておいてもいいかも、また、日テレアナウンサーの鈴江奈々さんが講演する、彼女は防災士の資格を持っている、というメール内容もあったので、遅刻覚悟で行くことにした。

 開催場所は東大の福武ホールとのことで、調べてみると、東大・本郷の赤門横にある建物とわかったので、すぐ出かけ、途中でペットボトルのお茶500mlを1本買った。
 会場はすぐわかったが、地下2階だったので、エレベータを使わず階段を降りた。
 地震があった場合はこの階段で避難できることを確認した。

 受付で所属と氏名を記入し、資料一式を受け取った。
 資料は本シンポの講演内容一式が綴じられた資料、日本災害情報学会「西日本豪雨災害調査団」報告書、アンケート、本シンポ進行プログラムであった。
 その後、トイレに行き、少し遅刻して会場に入った。

 (1)の本間氏の「主体的な防災における『不確実な』気象情報の役割」の講演途中であった。
 資料に基づいて、聞き漏らした内容を推定すると、以下のようになる。
 このシンポジウムは平成30年7月豪雨の報告会と連動したものである。

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         図1 西日本豪雨災害の状況(防災士会の報告書より抜粋)
  
 西日本豪雨では住民が避難しなかったことが犠牲の大きな要因であった。
 このことを踏まえ、中央防災会議では従来の行政主導の防災対策から住民主体の防災対策に転換することを打ち出した。
 目指す社会は住民が「自らの命は自らが守る」意識を持ち、行政は住民が適切な避難行動を取れるように全力で支援する、ということになった。
 河川氾濫での避難要否判断は降水量、河川水位、自宅の特性、周辺状況等で大きく変わるため、個々人の主体的な判断が必要、とのことである。
 ここで「自主性」と「主体性」の説明となる。
 この時、私は入場した。
 前者は他人の干渉や保護を受けず、自分から進んで行動することであり、後者は自分の意志・判断によって行動することである。
 また、これを少し深く考えてみると、前者は明確に定まっている「やるべきこと」を人に言われる前に率先して自ら行動すること、後者は何をやるか決まっていない状況でも自分で考えて判断し、行動することである。
 これでもわかりにくいということで、会議の議事録作成を例に出した。
 議事録作成は重要なことであるが、これを上司に言われる前に作成するのが「自主性」である。
 しかし、議事録で参加者の言行を記録しただけだと、次の会議に活かせない。
 ここで、次の会議までにすることやそれまでに整理すること等もまとめておくのが「主体性」である。

 また、防災対策を考える上で、ミッション、ビジョン、戦略・戦術の3個の要素のピラミッドがある。
 おとぎ話を例にとると、桃太郎のミッションは『村の平和を保つこと』である。
 ビジョンとしては「鬼退治」である。
 具体的な戦略・戦術としては、サル・キジ・イヌをお供にして鬼退治することになる。

 防災対策のミッションとしては、『犠牲者ゼロ』であり、そのためのビジョンとして『避難』がある。
 戦略・戦術として、災害情報を収集し、どのタイミングになったら避難するか、避難先はどこか確認しておくこと等がある。

 災害情報は『空振り』がつきものである。
 『空振り』の中にこそ教訓が潜んでいる、ということで講演は終了した。

 質疑応答は最後にまとめて、ということらしかった。

 (2)は「行政と住民のリスクコミュニケーション-メディアの役割と課題-」というタイトルで、日テレ・アナの鈴江女史が講演した。
 西日本豪雨の時にはニュースに関わっていた。
 その後の被災地取材・中継、内閣府の報告書で課題として見えてきたことは「伝えたこと」と「伝わったこと」の間に大きな隔たりがあったことである。

 事例1では広島市の避難情報で「避難指示」と「避難勧告」は同じような言葉でも意味が全然違う。
 その時まで、大雨特別警報は避難勧告の基準であったが、この災害後に、大雨特別警報は避難指示の基準に変わった。
 事例2として、愛媛県の「異常洪水時防災操作」では
  ダム事務所は「マニュアルの通りに伝えた」
  自治体は「何を意味するのか想像できなかった」
  報道機関は「ダムの知識があまりにもなかった」
という伝える側のリスクコミュニケーションの欠如があった。
 結果として約6千トンの水が放流され、その影響で8人が亡くなった。
 今後への提言として、住民主体の大前提となる共通認識作りを、気象庁・国交省、テレビ等マスコミ、自治体、住民の4者で作ること、リスクコミュニケーションを積極的に行うことを挙げていた。

 (3)は「新聞社をやめてから考えた2、3のこと」というタイトルで、フリージャーナリスト(元毎日新聞記者)の飯田氏が講演した。
 まず経歴から説明ということで、同志社大学を卒業して、金属業界専門誌を経て、毎日新聞に入社し、気象庁や科学の防災担当を経てフリーになった。
 人前で話すことに慣れていない。
 西日本豪雨の時、情報で人は救えない、情報って何だ、と思った。
 この時に気象庁が異例の会見を開いた。
 中央防災会議で、住民主体の防災対策が打ち出された。
 映画「シンゴジラ」の時にその中の首相らしき人が「避難とは、住民が根こそぎ捨てることだ」と言ったことが印象に残る。
 その後にこの西日本豪雨の報道が出た時に、「なぜ危険が迫っても逃げないのか」の検証が必要であるという論調が多かった。
 西日本豪雨では避難行動を起こさずに犠牲になった人もいれば、避難行動を起こしたがタイミングが遅く、途中で犠牲になった人もいた。
 また一方で現状の情報体系の中であっても、避難準備情報など早めの段階で行動を起こして助かった人も多くいたと思われる。
 例えば医療情報も複雑でわかりにくいが、これを簡略化するヒントが電車の路線図にあった。
 路線図は東京都内のJR路線図を見れば簡略化がわかる。

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         図2 東京のJR路線図の例(大須賀覚氏のBuzzFeedの記事より抜粋)

 電車のスピードや距離等は要らない。

 10,000個の情報から10個の情報を伝えようとすると、情報の簡略化が重要な問題となる。
 災害情報もこれと同じではないか、ということで、講演は終了した。

 (4)は「主体的な防災の取組のための防災教育」というタイトルで、関西大学の城下氏が講演した。
 災害リスクやハザードマップといった専門家によって作られたものを理解させようとする取組そのものがすでに住民の主体性を奪っていないか。
 主体的な取組とは何か。
 専門家が敷いたレールに乗っている住民は一般的に受動的であると理解される。
 しかし、そうしたレールに乗ることを主体的に選択しているという見方もできる。
 防災の目標とは何か。
 (自戒を込めて)本気で地域に関わっているのか。

 和歌山県印南町(四国の対岸の海岸地域)で津波防災ワークショップを毎年行っている。
 2013年度までは避難訓練の活性化がテーマであったが、2014年以降は区毎に年間の活動計画を策定し、取り組んでいる。
 当初はやらされている、という感じであったが、だんだん意見が寄せられ、城下氏のアンケートでなく、区独自のアンケートを実施してはどうか、という意見が出るようになった。
 これらのワークショップは目新しい取組ではないが、継続的に活動していると活性化してくる。

 (5)は「現場から考える住民主体の地域防災の過去・現在・未来」というタイトルで、徳島大学の井若氏が講演した。
 井若氏にとっての現場は徳島県美波町(徳島県の右下の海岸地域)である。
 ここに徳島大学のサテライトセンターがあり、井若氏が駐在している。
 この地域は安政南海・昭和南海地震等古来より多くの地震・津波により5m前後の津波が襲い、10人前後が亡くなっている歴史を持つ。
 住民としては、自らの命は自らが守ってきた歴史がある。
 自主防災会が消防団とは別に存在する。
 町役場の防災担当と自主防災会が協働で取り組む。
 自助・共助・公助の例として、
  自助「マイ避難路(裏山)整備」
  共助「地権者から土地無償借用」
  公助「大規模土木工事」
等がある。
 でも楽しくないと続かない。
 遊山と避難訓練を掛け合わせた避難まつりや防災カフェ、防災婚活等を実施している。
 これから南海トラフ地震に備えていかないといけないので、持続可能なレジリアンス(柔軟性)や事前復興を考えている。
 移住者や在住外国人の防災対策も考えている。
 最先端技術のタブレット端末によるバーチャル避難訓練等も考えている。
 高台住宅地に家族、浸水地域に親が住む等リスク分散型の開発も必要になる。
 コミュニティの活性化、海山連携による地域作り・防災活動も考えている。
 『「我」(が)よりも「和」(わ)となし、さい「が」いからさい「わ」いの時代を目指す』とのことであった。

 (6)は「防災における住民の主体性を『311前後の東北』で考える」というタイトルで、東北大学の佐藤氏が講演した。
 東北はこれまで繰り返し津波災害を受けている。

 311において津波災害がゼロであった岩手県の海岸沿いの村2つ(洋野町八木地区と普代村太田名部地区)の状況について説明する。

 まず八木地区では、明治三陸津波や昭和三陸津波で多くの犠牲者が出た。
 ここには防潮堤はなかった。
 今回の犠牲者ゼロの裏には、避難訓練+避難路清掃+消防団退避の連携があった。

 大田名部地区では防潮堤が整備されていた。
 毎年慰霊祭が行われ、町長等が参加していた。
 ポスト311では地域防災リーダーを育てることが重要である。
 そのためのPC三種の神器(ワード、エクセル、パワーポイント)が使えることが必要になる。
 ヒト、モノ、カネ、情報の4つをうまく活用することが重要、ということで講演は終了した。

 続いてパネルディスカッションに移った。

 各講演者が一言ずつ発言して、その後会場からの意見を募った。

 私は質問で、江東区で町会役員をしているが、防災訓練には年寄りが多く若い人が出て来ない、若い人の参加のために防災運動会等を開催してはどうか、と聞いた。
 意表を突かれた質問だったのか、講演者たちは一様に固まっていた。
 コーディネーターの及川氏が辛うじて井若氏に感想を求め、いいのではないか、というような回答だったと思う。

 他の人の質問でなぜ避難しなかったのか、という再三の疑問提起の回答を求めたが、主体的な避難は今後の課題というような回答だったと思う。

 ここで私は発言はしなかったが、心の中ではこう思った。
 私は岡山出身である。
 岡山県では台風は四国山脈で弱まり、あまり大きな被害を受けたことはない。
 地震もほとんど経験していない。
 県南部では夏に日照りで灌漑用水のようなものが多く作られ、水不足は心配されるが、水の過剰(洪水)で痛い目に遭った経験がほとんどない。
 だから私の18年住んでいた故郷の経験から考えると、大きな自然災害は岡山県内でほとんど起きない、と皆思っていたのではないだろうか。

 東京に出てきてから、特に東日本大震災の経験を経てきた今はどこでも災害は起きうるとは思っているが、昨年の西日本豪雨災害が起きるまでは、私も岡山県はこうした災害は多分起きない、と思っていた。

 地元の人もまさか、という思いが強かったのだと思う。
 「自分だけは災害に遭遇しない」という「正常性のバイアス(偏見)」とちょっと似た考え方で見ると、「岡山県だけは大きな自然災害は起きない」という意識が岡山県民は特に強かったのではないかと思う。

 以上でこのシンポジウムは終わった。

 家に帰ってから、資料で見ていなかった西日本豪雨の報告資料を少し見た。

 報告は岡山班、愛媛班、広島班の3グループに分かれて、それぞれが報告していた。

 岡山班の報告では全体的に危機管理が甘かった、という結論のようである。

 ここでISUT、JETTという聞き慣れない略語が出ていた。
 ISUTは内閣府と民間の混成の災害情報『ハブ』推進チーム(Information Support Team)の略らしい。

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         図3 災害情報『ハブ』推進チーム「ISUT」

 岡山県知事の評価が高かったらしい。

 JETTは気象庁の防災対応支援チーム(JMA Emergency Task Team 、JMAは気象庁の略)のことらしい。
 昨年3月に発足したばかりのようだった。

 愛媛班ではダムからの水量の大量放流による犠牲が中心であるが、様々な地域で情報が錯綜しており、そのために混乱したようであった。

 広島班では過去の被災を経験しているのに、住民に「わがこと感」が十分でなかったようである。
 住民からの問合せも個人的な内容が多く、情報過多の一因になっているらしかった。

 日本は災害の多い国である。
 それが日本固有の文化を作ったともいえるが、そのために多くの犠牲者が出たことも事実である。

 東日本大震災においてそれが象徴的であるが、この事実を見据えて、正面から取り組むことをしないと、災害とそのための犠牲者は減らないと思う。

 今後もこうした情報を多く集めて、科学的にいかに防災対策ができるか考えていきたい。

 そのためには、科学で自然に打ち勝つという姿勢が必要と思う。
 台風の発生源の地域を太陽光発電空母等により威力を弱めて熱帯低気圧程度にする、そのために科学が大元の南洋でいかに科学技術を発現できるか、等が問われることになる。
 IT、AI、ロボットや遺伝子操作、iPS細胞等科学の進展は目覚ましいものがあるが、こうした自然災害の克服に向けて、予報、避難等の消極的な対策より、積極的に大元の災害自体を緩和したり無くしたりする、または平和利用に転化すること等の科学技術を開発していけたらいいと思う。


<日本災害情報学会20周年記念シンポジウム>
 「防災における”住民の主体性”」

 1.開催概要:
 2018年12月に中央防災会議(防災対策実行会議平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループ)によって、「これまでの『行政主導の取組を改善することにより防災対策を強化する』という方向性を根本的に見直し、住民が『自らの命は自らが守る』意識を持って自らの判断で避難行動を取り、行政はそれを全力で支援する」という方向性が示された。

 つまり、防災における“住民の主体性”の重要性がここであらためて強調されるにいたったわけである。
 ところで、日本災害情報学会の設立時である約20年前を振り返ってみると、このような議論は本学会内において既に活発に行われていた。
 すなわち、日本災害情報学会の20周年を迎えるにあたり、中央防災会議にてこの議論を再確認するかの如く強調せねばならないこの現状をどう受け止めるべきなのかについて、我々国民・学会員・行政・マスコミ関係者などのそれぞれの立場から、自戒を込めてあらためて真摯に考えてみる必要があるのではないだろうか。

 やっとここまで来たのか、それとも何も変わっていないのか。
 少なくとも言えるのは、次の40周年を迎えるときには、今と同じ議論の繰り返しではなく、次のステージへと議論を進展させていなければならないということだ。
 この20年で何か成し遂げられ、次の20年で何を解決すべきなのか。
 本シンポジウムが、防災における“住民の主体性”とは何かについてあらためて思いを巡らせる機会になれば幸いである。

 2.日時:2019年(令和元年) 5月11日(土) 14:00~17:00
 3.場所:東京大学 福武ホール ラーニングシアター 
 4.定員:184名
 5.参加費:無料
 6.事前申込:不要
 7.主催:日本災害情報学会
 8.スケジュール
  西日本豪雨被害調査団 中間報告会 13:30-14:00

  開会挨拶 田中淳 日本災害情報学会会長、東京大学教授14:00-14:05
  趣旨説明 及川康 東洋大学教授 14:05-14:15
  第一部 基調講演        14:15-16:15
   (1)主体的な防災における「不確実な」気象情報の役割 本間基寛 (一財)日本気象協会
   (2)行政と住民のリスクコミュニケーション-メディアの役割と課題- 鈴江奈々 日本テレビアナウンサー
   (3)新聞社をやめてから考えた2、3のこと 飯田和樹 フリージャーナリスト(元毎日新聞記者)
  (4)主体的な防災の取組のための防災教育 城下英行 関西大学准教授
   (5)現場から考える住民主体の地域防災の過去・現在・未来 井若和久 徳島大学 学術研究員
   (6)防災における住民の主体性を「311前後の東北」で考える 佐藤翔輔 東北大学准教授

  第二部 パネルディスカッション 16:15-16:55
   コーディネーター:及川康 
   パネリスト:第一部の登壇者

 閉会挨拶 中村功 日本災害情報学会 企画委員会委員長、東洋大学教授
   -以上-

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