原子力学会の創立60周年シンポ参加

 原子力学会の創立60周年シンポ(4/25)に参加した。

 今年の3月8日(金)に原子力学会よりメールが来た。
 上記のシンポジウムの開催案内であった。
 開催日の4月25日(木)はすでに放射線治療は終了しているはずなので、すぐに申込した。

 4月5日(金)に再度このシンポ案内のメールが来た。
 ということはこの日までに定員の300名が集まらなかったのかな、と思った。
 どうも最近はこうした無用の勘繰りをするようになって、年の功というより、腹黒い感じになっているのか、と反省した。

 シンポジウム当日は曇り模様で、雨が降りそうで降らない、というような怪しい天気であった。
 開催場所は東急大井町線の大岡山駅から歩いて2分のところで、すでに何回か行ったところである。
 比較的余裕を持って家を出て、途中で昼の弁当とペットボトルのお茶500mlと新聞を買って行った。

 会場には9時半過ぎには着いて、10時半まで時間があったので、開催会場の隣のドトールコーヒーショップで新聞を読みながら時間をつぶした。
 さすがに学会の集まりなので、何人か知り合いがいて、そのうちの一人があいさつしてくれた。
 目礼を何人かとした。
 10時を過ぎると、さすがに人が大勢集まって来たので、会場の受付に行って名前を言うと、立派な資料(A4サイズで厚み1㎝くらい)とアンケート用紙をもらった。
 会場は1階だし、出入口もわかりやすいので、防災の観点は何も考えなかった。
トイレは会場の反対側にあったので、開催時間前に行っておいた。

 席につくとすぐにアンケート用紙に学会への要望事項等を書いておいた。
 将来の研究事項として、原子核変換技術、核医学、核鑑識、原子力防災等を書いた。
 若い人への要望については、ヘリウム4の原子核について、中性子2個と陽子2個がどのように安定した状態を保てるか、陽子と陽子の間のパイ中間子のキャッチボール、陽子と中性子の間のパイ中間子のキャッチボール、中性子と中性子の間のパイ中間子のキャッチボールがどのように行われるか、等を疑問として投げかけて欲しい、と書いておいた。
 若い人には解くべき課題があると、興味を持った人は原子力に入ってくる、と思うからである。
 原子力は既に成熟した技術として受け取られ、若い人に魅力をアピールできていない気がする。
 廃炉の技術等をアピールポイントとしても、後ろ向きの技術と受け取られる可能性もある気がする。
 アンケートには、今回のシンポジウムの感想の部分だけを残して、ほとんどシンポジウムが始まる前に書いておいた。

 (1)は「学会60年の歩み -震災に向きあって-」というタイトルで、原子力学会長の駒野氏が講演した。
 学会の組織としては、理事会があり、その下に8支部、13常置委員会、13専門委員会、組織横断活動3、19部会、5連絡会がある。
 (筆者注:会社組織で言えば、理事会が役員会、常置委員会が総務、財務、広報等の一般的組織、部会や組織横断活動等はプロジェクトチームみたいなもので、連絡会は部活動や同好会的なものとみればよいかもしれない。) 
 その下に一般の会員等が約7千人いる。
 会員では40歳以下が21%と少なく、女性会員は4%と少ない。
 外国人は1.4%とさらに少ない。
 (ただ、大学関係者のシンポ等での講演等を聞くと、今の原子力系大学院は外国人が圧倒的に多い、ということも聞いている。)

 1959年発足から10年単位で考えると、最初の10年は黎明期、次の10年は基盤確立期、次の10年は発展期で、原発の実用化が進んだ。
 1979年以降の10年は混迷期で、多様な問題も起きてきた。
 (筆者注:米スリーマイルアイランド<TMI>事故やチェルノブイリ原発事故等が起きた。)
 1989年からの10年は停滞期で、各種トラブルによる停滞があった。
 (筆者注:動燃<原子力機構の前身>で1997年アスファルト固化体の爆発事故、東海村での1999年JCO臨界事故等)
 1999年からの10年間は新時代基盤確立期で、新時代への仕組作りとしている。
 (筆者注:ヨーロッパから始まった電力の自由化の波が押し寄せてきた。でも、2002年の東電のトラブルデータ改ざん等もあった。) 
 2009年からの10年は新発展期であり、国内新設・海外展開が進められたが、福島原発事故が起きた。
 (筆者注:もんじゅ廃炉、高レベル放射性廃棄物の処分問題もなかなか進まない。新規制基準ができて、原発の再稼働難航、六ケ所の再処理施設も竣工できない等核燃料サイクルの概念自体が揺らいでいる期間でもあった。)
 2019年以降は再構築期としている。

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         図1 原子力学会誌2018年度の表紙一覧

 学会は定款・行動指針等について福島原発事故を踏まえて大幅に変えて、廃炉検討委員会、福島特別プロジェクト、学協会連絡会(ANFURD:36学会連携で福島復興等を目指す)の結成等を行ってきた。

 今後も専門家の立場から提言や理解活動の促進、福島原発廃炉、放射線の工業・医療利用、教育・人材育成と技術伝承、会員数維持等を行っていくことを説明した。
 (筆者の感想:努力をしてきたのは学会員はよく知っているが、一般の人にはどうだったのかな、という感じがしている。上記のような原子力学会の活動等がマスコミに取り上げられることはほとんどなかったように記憶している。ちょっと辛口に言えば、思いが空回りしていたのかな、と思う。)

 (2)は特別講演「福島復興の現状と今後の課題」というタイトルで、立命館大学の開沼氏が講演した。
 開沼氏は社会学専攻の文系の人で、福島県生まれである。
 その点では福島に密着した視点を持って、講演したように思う。
 福島原発事故で福島県民の避難による人口流出は何%か。
 一般の人はほとんど知らないようで、20%とか答える人もいるとか。
 正解は2%、約3万人である。
 お米の収穫量は事故前と後で全国順位はどう変わったか。
 事故は2011年に起きているが、2010年で福島県のお米は4位、事故後は7位である。
 そんなに下がっている気はしないかもしれないが、販売業者の忖度(そんたく)(消費者は福島のお米を食べたいと思わないだろうという思い込み)で価格低下等の風評被害という目に見えない被害がある。
 年間1千万袋の米の検査で法定基準値超えは何袋あったか。
 2015年以降は0である。
 観光はどれくらい回復したか。
 95%回復したが、修学旅行と外国人旅行は増えない。

 その他でも、漁業・林業はどうか、避難民の帰還状況は、医療・福祉は、教育は、産業の再生は、等の多くの問題は依然残っている。

 このような問題山積の中で重要なキーワードが「信頼」である。
 家族や知人に福島県産の食べ物、福島県への旅行を勧められるか。
 2017年の調査では35%の人がためらう結果が出ている。
 自分で食べる人は10%以下に減っている。
 「自分はいいけど、人にはーーー」と過剰な配慮を示す人がいる。

 (筆者は一昨年会津若松、昨年はいわき市のスパリゾートハワイアンズに地元有志の数人と旅行に行っているし、原子力学会主催のシンポジウムで福島県産のリンゴやジュースなどを買って飲み食いしている。
 最近韓国の福島県産等の制限の違法性を日本がWTOに訴えたが一審では勝ったが、上級審では敗訴している報道があった。
 日本の規制基準の違法性はないことは認めているのに、おかしな判決が出ている。
 WTOについては、トランプ大統領が改革の必要性を主張している。この人は好きではないが、この主張は的を得ているのかもしれない。)

 地道にコミュニケーションをしていくことしかないのではないか、ということで、講演は終わった。

 (3)は特別講演「『ポスト第2の敗戦』の原子力」というタイトルで、ノンフィクション作家の山根一眞氏が講演した。
 山根氏はサイエンスライターとして有名であり、紹介文によると、『小惑星探査機はやぶさの大冒険』等がある。
 獨協大学特任教授はまああるかな、と思ったが、最初の一言が、彼は年縞博物館館長ということから始まった。
 福島原発を見てきて、収束してきているということに感銘した、ということも付け加えた。
 「ネンコウ博物館」と聞いて、一瞬何?と思った。
 福井県の水月湖は7万年分の地層を持っている、という。
 それで思い出した。
 以前NHK・EテレのサイエンスZEROで、確か水月湖の紹介があった。(後で調べて見ると、2013/2/3放送)
 1年分の地層が厚さ0.7㎜分に溜まるらしい。

 山根氏と原子力の関連は彼のおじが長崎で被爆死したことに始まる。
 なぜ福島原発事故(1F事故)は起こったのか。
 勉強不足だったのではないか。
 災害は想定外ではない。
 仙台の地層を調べる調査に同行した。
 864年の貞観津波が起きていた。
 2011年3月11日の午前にその話をしていたら、午後に東日本大震災が起きた。
 線量計を持って福島を歩いた。
 一般の人と専門家をつなぎたい。
 原子力はわからない、わかりにくい。
 中越沖地震(2004)で橋が壊れた。
 でも柏崎刈羽原発は無事だった。
 原発と地震の対話の最中に東日本大震災は起きた。
 制御棒の下の部分に入った唯一のジャーナリストではないか。
 原発はとてつもない対策をしてきた。
 とてもいいことでも国民がノーと言ったらダメである。
 理研の森田さんの113番元素の時、113番目の元素誕生のことを書いたのは彼だけである、と言った。
 地層処分に頼らない高レベル放射性廃棄物処分が必要である。
 理研にRIビームファクトリーがある。
 (筆者注:この理研の装置RIBFは以前学会で発表したこともある装置で、通常は水素やヘリウム等の軽い元素をイオン化して加速して重い元素のウランや鉛のターゲットにぶつけるが、この装置は逆の発想で、極端に言えば、ウラン原子核を軽い元素ターゲットにぶつけるイメージである。
 この衝突で今までになかった不安定原子核を作って研究するものである。)
 金(ゴールド)はできるか、と聞いたら、金よりもっと希少な金属(おそらく白金等)ができる、という。
 こういう話を若い人が聞けばやってみようかと思うのではないか。

 最後は1F事故で残った鉄塔(汚染がひどくて、数時間現場にいると生命が危ないレベル)の除去に関する話である。
 ビデオでABLEという福島の小さな会社がこの難題に挑んだ。
 ビデオの背景に流れるのは中島みゆきの「地上の星」であった。
 この歌ができるきっかけは中島みゆきが山根氏の本を読んだことだという。
 最後はビデオで、鉄塔除去成功を伝える風景で終わった。
 福島の人のやる気と高い技術があることを指摘して、講演は終了した。

 その後にフランスや米国の原子力学会からのビデオメッセージが流されたが、ほとんど英語なのでパスした。

 お昼は東工大の大岡山キャンパスの中のベンチでおにぎりを食べた。
 このキャンパスは外国人がいっぱいいた印象である。

 午後の(5)では「地球環境と原子力」というタイトルで、東大の小宮山氏が講演した。
 小宮山氏はよく原子力学会誌で世界のエネルギー問題と原子力についての論文を掲載している。
 今回もそれに沿った内容であった。
 パリ協定で世界的な気温上昇2℃以内、1.5℃という目標に向けて、エネルギーセキュリティ、電力の自由化等を考えると原子力は欠かせない、という論調であった。
 一歩踏み込んで、原発の新増設・建て替え(リプレース)、維持を主張していた。
 (筆者注:昼と夜の発電量差が大きい太陽光等の再生可能エネルギーは電力の供給が不安定な状況を考えると、客観的に見て原子力依存度がなかなか下げられない状況にはあると思う。)

 (6)では「将来の原子炉への展望-学会の役割-」というタイトルで、東大の山口氏が講演した。
 山口氏は最近の世界の原子力界のトレンドである小型炉(SMR)等を示し、世界の趨勢が未だに原子力に舵を切りつつあることを説明した。
 ドイツ等は原子炉廃止の方向であるが、ロシア、中国、カナダは積極的に推進しており、イギリスももたついているが、原発新設に動いている。
 米国もSMR等に関心を示している。
 (筆者注:原子力発電所は福島原発事故以降安全対策にコストがかかり、世界の国々はSMR等の安全コストが少ない小型炉を大量に作ろうとしているのかもしれない。)
 原子力学会は原子力価値を明示して推進に寄与していくべき、としていた。

 (7)では「バックエンド研究-現在と今後-」というタイトルで、九大の稲垣氏が講演した。
 稲垣氏は核燃料サイクルを説明して、その中でバックエンドの廃棄物量が一元化されていない状況がよくないとした。
 ドラム缶本数で示したり、トンやm3で示したり、とバラバラである。
 高レベル放射性廃棄物は地層処分で多重バリアシステムで安定に閉じ込めして、数万年保管、としている。
 今はまだサイト選定の段階である。
 今後の核燃料サイクルの研究には、長期展望、全体の最適化、総合性能の観点が欠かせない、と説明していた。

 私は質問で、今ImPACTプログラム等高レベル放射性廃棄物を無くそうとしている研究があるので、ガラス固化体から再度高レベル放射性廃棄物を取り出す技術の開発も必要ではないか、と聞いた。
 稲垣氏はImPACTプログラムにはあまり期待していない、だから不要、と回答した。
 さすがにこれはちょっと言い過ぎではないか、と思った。
 ImPACTプログラムの関係者に忖度するなら、そういう可能性も考えておいた方がいいかもしれない、ぐらいの回答でお茶を濁しておけばよかったのに、と思った。

 (8)では「高精度外部放射線治療と量子医理工学の今後の展望」というタイトルで、北大の白土氏が講演した。
 白戸氏は様々な放射線診断画像を見せながら、今放射線科学はコミックの世界でかなり人気があると説明した。
 フジテレビの月曜9時からのドラマ「ラジエーションハウス」のことを言っていた。
 (筆者注:このドラマは放射線技師の話だし、放射線治療を受けている私としては知っておいて損はないと思って毎週見ている。
 診断技術はよくわからないものの、シナリオとしてはかなり稚拙で見るに堪えないドラマと思ってはいるが我慢して見ている。)
 ラジオミクスはCT、PET、MRI等の診断画像から400くらいの特徴を抽出し、それから病変を探し出すものである。
 白戸氏らの研究はGlioblastoma(膠芽腫:脳腫瘍の一種)の画像診断等らしい。
 心臓などは周期性が高い不随意運動である。
 心臓の診断に心電図と併用して放射線診断を行うことで飛躍的に進歩した。
 放射線治療はX線、陽子線や炭素線等を使って、正常部分に浸潤した固形癌の細胞を死滅させつつ、正常細胞の回復を促し、人体の形態と機能を温存することができる。
 これは外科手術や薬物療法では不可能である。
 医師の技量とその日の体調にすべてをゆだねる手術や血流量と化学反応にすべてを託す薬物療法と異なり、人体と放射線の反応がすべてを決める放射線治療は客観的で自由度が大きい。
 パイロットの飲酒が問題になったが、医師の手術前の状態をチェックするものはない、というブラックジョークを言っていた。
 がん細胞はしばしば正常組織に浸潤している。
 浸潤性がんでは線量と分割回数の最適化が重要となる。
 リニアックを使った定位放射線治療ではX線撮影で写る金属製マーカー2個をCTでマーカーと腫瘍の関係を覚えておく。
 それから腫瘍位置を確定させて、放射線照射を±1㎜のピンポイント照射が可能となり、今まで治らなかった脳腫瘍が治った。
 (筆者注:私の前立腺がんの放射線治療でも2個の金属製マーカーを前立腺近傍に埋め込み、最初にCTでがんの部位と周辺の状況<蓄尿、便・ガスの溜まり具合>を把握した上で放射線照射を行っていた。)

 粒子線治療施設は日本に多く、20施設近くある。
 北大にも3施設ある。
 人体の動きで、患者の「不随意な体動」はこれらの治療の弱点になる。
 呼吸や腸動は予測しにくい。
 今後は動体追跡放射線照射が発展していくと思われる。
 ディープラーニングを用いた画像補正等を行うことも考えられている。

 私は質問で、放射線業務従事者は被ばく登録をしているが、放射線治療を行ったがん患者の被ばく登録はしないのか、また、一度がん治療してもがん再発やがん転移の場合、2回も3回も放射線治療を受けることになり、これらの治療データは残るのか、それとも病院が違う場合はどうなるか、等を聞いた。
 今のところ、治療した病院では厳重にデータ保管しているであろうが、病院のはしごをするとわからなくなるし、他の病院との放射線データの受け渡しもない、ということだった。

 私は放射線治療を受けた人の患者被ばくのデータを残し、後で他のがん患者の放射線治療の参考とすべき、と思った。
 それには共通の医療被ばく登録機関が必要である。
 もし放射線業務従事者が放射線治療を受けた場合には、その後にがん再発したら業務に起因する放射線でのがんか、放射線治療によるがんなのか。
 どういう扱いになるかが不明なまま、というのは問題をはらんでいると思う。
 おそらく実際にその該当者が出るまで議論されないままになると思う。

 (9)は「量子ビームにより作製した量子センサによる量子センシング技術」というタイトルで、量研機構の小野田氏が講演した。
 量研機構において、小野田氏の所属は原研高崎の歴史があり、放射線ビームによる材料やセンサーの改質が専門の機関だったと理解している。
 今回の内容は人造ダイヤモンドの中の炭素を電子線照射で中の炭素(4個の結合端子を持つ)1個を弾き飛ばす。
 そこに価数の1個少ない窒素Nを入れて、量子センサーというような特異な磁気的性質を持ったセンサーを作るようであった。
 この量子センサーを作る方法を色々説明されたが、どうもこの手の実験は馴染がなくて、あまり理解できなかった。

 (10)は「J-PARC大強度パルス中性子源の特長とその利用技術」というタイトルで、原子力機構の甲斐氏が講演した。
 J-PARCは原子核物理学の施設で、大量の中性子ビームを作るのに、3Gev(この前放射線治療を受けたX線が15Mevという高エネルギーであったが、その200倍のエネルギ―)の陽子線を水銀Hgに照射して、そこから数Mevの中性子が発生する。
 この中性子を水素減速材で減速して冷中性子(熱中性子よりもさらに10倍くらい低いエネルギー)にする。
 この中性子を使って、中性子イメージング画像を得るものらしい。
 日本刀の結晶分析、模擬核燃料の分析等を行っている。
 これらの分野にもあまり知識がないので、どうも頭の中を説明が素通りしてしまった感じである。

 (11)は「オルガノイド形成法を用いた低線量率放射線影響の解明に向けた取組」というタイトルで、電中研の藤通女史が講演した。
 低線量というキーワードに反応してしまった。
 最初にインドのケララ州での日本より自然界の線量率が10倍以上あっても普通に暮らしているデータが示された。

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        図2 ケララ州での自然被ばくによる健康影響評価(発がん性評価)

 次にがんの起源は組織幹細胞という仮説を設定していた。
 この仮説を検証するために、腸管の模擬体のミニ臓器(オルガノイド)を使って実験した。
 このオルガノイドを使って、照射した場合と非照射のオルガノイドの形成効率を使って評価しようとしていた。
 非照射のものに比べて照射したオルガノイドは形成効率が落ちるという結果らしかった。
 後半はこの照射と非照射のオルガノイドを混合して、その中でオルガノイド形成効率が悪いものが排除されるようであった。
 これはケララ州での結果等と一致する結果のようであった。

 最近はこうした生物の模擬組織等を使って低線量の影響を評価しようという動きが出てきており、非常にうれしい方向であるが、まだまだ時間がかかりそうであるのが残念である。

 私は質問で、これらの実験は栄養を一定条件で行っているが、栄養を変えた場合の実験を考えているか聞いたが、考えていないようであった。

 栄養を変えることはパラメーターが増えるので、実験がより複雑化するので好ましくない。
 しかし、放射線で損傷した組織が栄養によって回復することも重要な要素と思うが、それが理解されたかは疑問である。

 最後の(12)は「宇宙探査のための原子力」というタイトルで、東工大の西山氏が講演した。
 私は今宇宙開発機構JAXAに放射線遮へいの提案をしていることもあり、興味があった。
 内容は原子力電池、宇宙原子炉、熱核ロケットの3つであった。
 原子力電池としてはプルトニウム238(Pu-238)は優れた熱源として有名である。
 米NASAはこれを1960年代から開発してきたが、今は核軍縮の影響でPu-238を作る施設が閉鎖され、Pu-238が入手しにくくなっている。
 宇宙原子炉はやはり地上の炉と同じく酸化ウランがベースである。
 西山氏は新しく自分で小型CANDLE燃焼炉を考案した。
 この炉は濃縮ウラン+減速材+可燃性毒物であるが、実用性というより概念設計してみた、という気がした。
 熱核ロケットも原子炉を推進力として考えるものである。
 米で1960年代にICBMのバックアップとして考えていたものを宇宙用に転換したらしい。
 しかし1970年代にニクソン政権がNASAの予算を大幅に縮小したので、一旦中止された。
 オバマ大統領が2010年に2030年火星探査計画を打ち出して、過去のデータがまた活用される可能性がある状況である。
 (私は個人的には、核融合ロケットを仮定し、その燃料として、宇宙に無限にある水素を取り込んで、どこにでも燃料の心配をしないで宇宙旅行・探査できるシステムを想定している。
 その前段として、宇宙ステーションISSで核融合実験を行うことがよいと思っているが、果たしてどこまで実現できるか。)

 以上で講演は終了した。

 この後、閉会の辞で、JAEAの岡嶋氏がこれらの講演の要旨を簡潔にまとめてシンポジウムは終わった。

 ここで、私の原子力に関するスタンスを述べておく。

 私は30年以上に亘って、原子力業界に身を置いてきた。
 原子力業界に育ててもらったと言えるかもしれない。
 しかし、その限界もまたはっきり見えてきた。
 大学の後輩が言っていた一言「最後に廃棄物の問題がどうしても残りますね。」という言葉がどうしても解決できない。
 10万年後に放射能が減衰して無害化するなんて無責任と思う。
 科学の力でどうしても短期間、50年、100年くらいまでに解決できないといけない。
 そのための糸口はみつけたつもりである。
 加速器を使って、高レベル放射性廃棄物を消滅させるのは可能である。
 しかし、それには膨大なエネルギーを消費し、それなら最初から原発を使わない方がエネルギー経済上では上回るというのでは、原発のエネルギーの価値が全くないことになる。
 私のダブルガンマ―線理論はそうした壁を打ち破れるかもしれないが、実証という難問があって、現状では有効かどうかわからない。
 もし廃棄物処理処分問題が我々または50年、100年までの近未来に解決できないのであれば、原子力発電はやめて、放射線治療や工業利用のみに縮小していくこともやむを得ないと思う。
 もちろん現在の世界のエネルギー事情を考慮すると、太陽光発電のような再生可能エネルギーにシフトするのは昼夜の供給のアンバランスを乗り越えるようなイノベーション、例えばスーパー蓄電池開発や海水揚水発電等が可能にならなければ難しいと思う。
 これらの考え方は福島原発事故が起きる前から、ある程度はあったが、福島原発事故により、より一層強くなった気がする。
 私は福島原発事故の収束に向けた小さな貢献しかできないであろうが、今後も続けていくつもりである。

 今は、iPS細胞による不老不死の可能性、人工知能AIによる人間の思考を超えた叡智の開発、人間の力を超える可能性のあるロボットの開発等人間の未来社会はどう変わっていくんだろうという期待と不安の入り混じった世界に、我々は住んでいる。
 かつての鉄腕アトム、鉄人28号とエイトマンのような人間に寄り添うロボットやAIとなるのか。
 それとも人間不要の味気ない世界となるのか。
 産業革命後の労働者の機械打ち壊しのようにならないことを願うばかりである。


<日本原子力学会 「創立60周年シンポジウム」>
  -震災をこえて 原子力の明日-
 1.初めに
 日本原子力学会は1959年2月14日に創立し60周年を迎えました。
 この間、学会設立の趣旨に沿って、原子力の平和利用に関する学術および技術の進歩を図り、我が国の研究開発の振興に寄与するとともに、会員相互の啓発に努めてまいりました。
 しかしながら、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により、我が国の原子力安全に対する信頼は失墜し、当学会の活動も大きな影響を受けました。
 このような状況の中で、事故への対応を含む学会活動を振り返りつつ、原子力の平和利用に対する信頼の回復と新たな発展への展望を開くため、創立60周年シンポジウムを開催致します。
 多数の方々のご参加をお待ちしております。

 2.日時:2019年4月25日(木)10:30~18:00
 3.場所:東京工業大学 くらまえホール(大岡山駅)
 4.参加費:原子力学会員(無料)、原子力学会員以外(2,000円(税込))、学生(無料)
 5.定員:300名(定員になり次第締め切りとさせていただきます)
 6.プログラム 
  第1部(10:30~12:30)
  (司会)西野由高(日立製作所)
 (1)学会60年の歩み -震災に向きあって- 駒野康男(原子力学会長)
 (2)特別講演「福島復興の現状と今後の課題」開沼博(立命館大学)
 (3)特別講演 山根一眞(ノンフィクション作家)
 (4)海外からのビデオメッセージ 各国原子力学会
   (仏国、米国、中国、韓国、英国、カザフスタン)

  第2部(13:30~18:00)
  (座長)上坂充(東京大学)
 (5)地球環境と原子力 小宮山涼一(東京大学)
 (6)将来の原子炉への展望-学会の役割- 山口彰(東京大学)
 (7)バックエンド研究-現在と今後- 稲垣八穂広(九州大学)
 (8)高精度外部放射線治療と量子医理工学の今後の展望 白土博樹(北海道大学)

  (座長)羽倉尚人(東京都市大学)
 (9)量子ビームにより作製した量子センサによる量子センシング技術 小野田忍(量研機構)
 (10)J-PARC大強度パルス中性子源の特長とその利用技術 甲斐哲也(原子力機構)
 (11)オルガノイド形成法を用いた低線量率放射線影響の解明に向けた取組 藤通有希(電中研)
 (12)宇宙探査のための原子力 西山潤(東京工業大学)
  閉会の辞「原子力の明日」 岡嶋 成晃(原子力機構)

   -以上-

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