明治維新に関する異論の検討

 最近のインターネットの中で、ちょっと興味がある見出しがあった。

 明治維新は従来のようなものでなく、別の見方ができるのだという。

 例えば1/6のbiglobeのHPの脇に「高杉晋作が西郷どんに出られないわけ」とある。
 それをクリックすると、「日本にアヘンが入らなかった理由」(下記URL)が出てくる。
  http://www.prideandhistory.jp/lp/nikoumj/lp2/adw10.html?gclid=EAIaIQobChMIr9GNhtaz2AIVUHm9Ch2ohgpKEAEYASAAEgLD7fD_BwE

 また、同URLでのアヘンの移動図を載せておく。

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         図1 アヘンの移動状況(上記URLの中の図の抜粋)

 高杉晋作といえば、長州に革命を起こし、親幕派だった長州藩首脳を追放して、反幕体制を築き、一気に明治維新へと走り出した中心人物である。
 彼はかつて清国に渡り、そこで、イギリス等が清国にアヘン戦争を仕掛け、植民地化した街を見てきている。
 彼はこの清国の惨状を見てきている。
 彼の伝記みたいなものを読んでいた時に外国の力を借りると、この清国のような目にあうということを生涯忘れなかったというような話もあったように思う。
 彼は明治維新前に肺結核で死んだ。

 私も幕末から明治維新にかけての歴史は好きで、NHK大河ドラマの「西郷どん(せごどん)」だけでなく、勝海舟の「氷川清話」等も好きでよく読んだ。
 でも幕末は確かに都合のいい話や不可解なことが多いように思う。
 教科書で習った官製の歴史だけ見ていては、歴史認識を誤るように思う。

 そこで、上記のアヘン関連の書として、西鋭夫(としお)著の「新説・明治維新」(ダイレクト出版2016初版)を購入しようとインターネットで調べてみた。
 素直にみると1,000円くらいで本と講演CDが入手できるようだが、クレジットカードのみ使用可能、とあった。
 私は一応AMEXのカードを持っているが、ネットでクレジットカードを使うのは、カード利用メーカー等へのハッキングが怖いので利用しないことにしている。
 東京駅付近の丸善や八重洲ブックセンターに行って調べてみた。
 どちらにも置いてなかった。
 店内の検索システムを調べてみると、注文で取り寄せ、とあった。
 2回も行くのは嫌なので、家で再度インターネットで調べると、アマゾンで中古品(CDなし)を売っているという。
 こちらではコンビニ支払いも可能なので、約2,000円で購入した。

 多分著作権の関係で、内容をここに書くわけにはいかないと思うので、この中古品の巻末に西鋭夫氏がアパ日本再興財団に投稿した受賞作「美学の國を壊した明治維新」(下記URL)
  http://ronbun.apa.co.jp/book_ronbun/vol9/vol9.pdf
に似たような主張があり、これは公開されているものである。

 この論文を参考にしながら、明治維新の裏を我流で検討してみたいと思う。

 上記の受賞作の底流にあるのは、幕末当時の日本以外の列強の動向である。

 日本に関係があったのは、長州と四国戦争を行ったオランダ、アメリカ、イギリス、フランスである。
 このうち、オランダは勝海舟の伝記に長崎の海軍伝習所等に関わっていたが、古くから出島で貿易をしていた国で、悪意はあまり感じられない。
 また、海軍伝習所以外ではあまり活躍していないから、ここでは除外する。

 アメリカはペリーの黒船から始まり、公使ハリスが日米和親条約等で関わっている。
 この黒船は東インド艦隊のものだったようであり、名目上では捕鯨船の寄港のために日本に開国要求をしたことになっているが、この辺りがどうも怪しい。
 アメリカは南北戦争(1861-1865)前後の動乱の時代である。

 イギリスはパークス公使が有名である。
 通訳のアーネスト佐藤も名前がよく出る。
 イギリスは中国に対してアヘン戦争(1840-1842)を仕掛け、南京条約で植民地化をすすめた。
 これだけで済まず、アロー号事件(1856-1860)や太平天国の乱(1850-1864)等、清国との関わりが大きかったようである。
 イギリスはビクトリア女王の時代で、世界の植民地化を進めていた。
 アジア、アフリカ、オーストラリアの各大陸での大きな領土を持ち、日の沈まない国、と言われるほどであった。

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         図2 大英帝国の世界的な版図(wikipediaより抜粋)

 フランスはナポレオン3世の第二帝政(1852-1870)で、普仏戦争(1870)でプロシアに敗れ、帝政が崩壊という時代である。
 海外進出では仏領インドシナ進出(1859-1899)等を行っている。
 ロッシュ公使が有名である。
 ロッシュは江戸幕府に肩入れし、独走したために、後に本国から解任されたらしい。

 この他、ロシアは欧州側ではクリミア戦争(1853-1856)を仕掛けたが、英仏等の連合軍に敗北した。
 この戦争に敗れたことで、ロシアのヨーロッパ側の南下策は停滞していたが、東方の進出は計画していたと思われる。
 とにかくロシアは不凍港が欲しくて、こうした南下政策を昔から進めていたらしい。
 日本との関与では、プチャーチン提督が有名であろう。
 このクリミア戦争ではナイチンゲールが有名になったような記憶がある。

 ドイツはプロシアのビスマルクが主導して1871年にドイツ帝国成立した前後なのである。
 世界の植民地政策に関して、米英仏等の列強から乗り遅れていたし、日本への影響も明治維新後になる。
 この植民地政策の遅れ、同じような帝国体制等がその後日本との同盟に至ったのかもしれない。

 さて日本に戻る。
 日本にアヘンは入らなかったのだろうか。

 上記の西論文によれば、米仏とも日本との修好通商条約でアヘン1.8㎏まではOK、となっていたらしい。
 日本にアヘンが入ったのは確からしいが、中国ほど国の規律が乱れていなかったから通常生活に入りにくかったのかもしれない。
 明治時代以降の戦争時に多く使われたようなので、軍事用に使われたともみられなくはない。

 鳥羽伏見の戦いでは、官軍側にはアメリカで終結した南北戦争の武器が、武器商人のグラバーを通じて入手されていた。
 このグラバーについて、私は坂本龍馬の背後にいた黒幕と思っている。
 彼が坂本龍馬をパシリとして使い、日本の政治を裏から操ったとするものである。
 すると、坂本龍馬が万国公法を知っていて、彼の武器輸送用の「いろは丸」と紀州藩船・明光丸との衝突事件で彼が勝利したのも納得がいく。
 坂本龍馬は文武両道に長けていた、とみられているが、私は単に武道だけの人間であり、人間関係に長けていたので、グラバーがこれをうまく利用したと考えている。
 坂本龍馬の明治憲法の土台となる船中八策等もグラバーの入れ知恵とすると、イギリスの上下院制度を参考にしたのではないか。

 鳥羽伏見の戦いで、幕府側は伝習隊に代表されるように、フランス軍事顧問団による最新式シャスポー銃を使っていたらしい。
 NHKの歴史秘話ヒストリア(2019/1/5再放送)での鳥羽伏見の戦いの考察では、この最新式銃と伝習隊を配備していたのに、250年間戦い方を知らなかったために、官軍に敗れたようである。
 銃では初期のゲベール銃、中期のミニエー銃、越後長岡藩のガトリング砲等が記憶にある。

 鳥羽伏見の戦い前までは、徳川慶喜は自信満々だったように見えるのに、この戦いで敗れた後はとにかく逃げの一手である。
 でも明治31年には明治天皇と面会して、慰労されたようである。
 哲学という字を発案した西周(にしあまね)に幕府を中心とした明治政府案を作らせていたように、自分が政府の中心に座ることを構想していたようであった。
 しかし、この戦いの後では、清国の二の舞にならないように、フランスの財政援助も断って、幕府崩壊を演出した。

 このように見てくると、明治維新は結果的には卒啄同時(そったくどうじ)となったように見える。
 内側から長州・薩摩の連合軍がつつき(そつ)、外側から幕府が自らの殻を壊す(たく)、という2つの共同作業で明治政府ができた。

 西懸賞論文によれば、鳥羽伏見の戦いの前に公使パークスは大阪城で徳川慶喜と会見しているようである。
 この時に徳川慶喜はイギリスやフランスの政策(日本の国内勢力分裂による植民地化、おそらく清国の惨状と日本の今後を照らし合わせたのだと思う)に気づき、鳥羽伏見の戦いで負けたことを機に、自ら幕府崩壊を速めたのではないかと思う。

 江戸無血開城については、勝海舟が博徒を使って江戸を火の海にする計画を持って、西郷と談判したというような話も聞こえており、イギリスが江戸を使いたかったためというのはちょっと疑問と思う。
 でも横浜は開港していたが、神戸開港は攘夷思想の孝明天皇が嫌がっていたので、開港時期が遅れた。
 外国との貿易で横浜を利用したかったから、明治政府が江戸を首都にしたいというのはあったかもしれない。

 坂本龍馬が暗殺された謎も残っている。
 私は一緒にいた中岡慎太郎が殺したと考えるのが、一番筋が通ると思う。
 坂本龍馬は北辰一刀流免許皆伝の腕前である。
 そう簡単に外部から来た人間に切られるわけはない。
 だが、中岡慎太郎が坂本龍馬の油断しているところをバッサリと切るのであれば、坂本龍馬はなぜ、と思いながら切られた可能性は高い。
 中岡慎太郎は土佐藩の支援を受けた陸援隊隊長であるから、明治政府の状況が見えた段階で坂本龍馬の役割は終わったと思ったかもしれない。
 または、グラバーのパシリであるということが土佐藩にわかって、今後の土佐藩の活動に邪魔と判断されたのかもしれない。
 西郷隆盛等の薩摩藩が、坂本龍馬が武器商人の手先であることがわかるとまずいと思って暗殺者を送ったという噂もあるが、いずれにしても、免許皆伝の男を切るのは簡単ではないだろう。

 明治維新というのは、こうした裏の事情を一切語らずにきた。
 なぜという疑問を残したまま美学が語られてきたが、こうした事情を勘案すれば、本当の明治維新が描けるのかもしれない。

 それは従来の血沸き肉躍るストーリーとは違う展開となるが、真実はなかなか一筋縄ではいかぬもの、ということがあるのではないか。

 私も徳川慶喜の謹慎、坂本龍馬の暗殺等不思議な出来事があると思っていたが、その背景を知ると、合理的な説明ができるのではないかと思う。

 今後もこれらの真実が明らかになるような証拠、あるいは別の何かが出てくるのを見ていきたいと思う。

 -以上-

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