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zoom RSS 2018年日本原子力学会秋の大会に参加(その1)−旅行記

<<   作成日時 : 2018/09/09 15:58   >>

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 2018年日本原子力学会秋の大会に参加した。

 その1は旅行記である。

  (なおインターネットのケーブル端子不具合があったが、ネット業者に相談したら、無線LANの利用を提案され、それに従うこととし、手続きしたらネットは接続できるようになった。
 でも、月々500円+アルファの料金増加になる。)

 期間は2018年の9/5(水)〜9/7(金)の3日間で、岡山大学・津島キャンパスで開催された。

 東京から東海道新幹線で岡山駅までのぞみで3時間半である。
 今回は義父宅から仙台経由で東京まで約2時間なので合計5時間半である。
 飛行機を利用すれば、もう少し短くなる経路もあるかもしれないが、基本的に飛行機は嫌いである。

 全体の流れとしては、(1)学会聴講登録、(2)参加費振込、(3)ホテルと新幹線の予約、(4)聴講スケジュールの検討、(5)事前の持ち物準備等、(6)当日の参加、(7)帰京の行程となる。

(1)学会聴講登録
 今年の6月25日(月)に学会から聴講登録案内のメールが来た。
 そこで原子力学会のHPに聴講用のページにアクセスし、そこに所属、名前、連絡先を書いて送ると、受付完了のメールが来た。

(2) 参加費振込
 これだけではダメなので、登録したその日に郵便局に行って参加費1万円を振り込みした。
 この振込用紙は確か原子力学会誌2018年4月号くらいに添付されていたと思う。それを取っておいたものである。

(3)ホテルと切符の予約
 次に旅行計画である。
 7月11日(水)に近くのJRの駅付近のツーリストKに行った。
 岡山駅までの往復の切符予約とホテル探しをするためである。
 岡山には兄の家があるが、学会開催場所の岡山大学・津島キャンパスまで通えるところではないので、最初から考えていなかった。
 しかし、学会からの帰りに兄の家に寄って、母等の墓参りをしようと思っていた。
 7月29日に兄に電話して、9月7日(金)に行く旨伝えておいた。
 ツーリストKと契約のあるところとして、JR岡山駅東口から徒歩5分のホテルAを頼んだ。

 行き帰りの新幹線について、行きは9/4(火)14時頃の東京発のぞみ予約を依頼した。
 帰りは9/8(土)13時頃の岡山駅発のぞみを依頼した。

 費用は宿泊代(朝夕食なし)と切符代(東京駅−岡山駅)全部合せて約4万円であった。

(4-1) 聴講スケジュールの検討その1(概略版)
 次に必要なのが聴講スケジュールの検討である。

 8月20日(月)に学会よりメールでweb版プログラムが公開された、とのメールがあった。
 このメールにはパスワードが添付してあり、秋の大会に聴講登録した会員に送られるものである。
 このパスワードがないと、ダウンロードできないようになっている。
 すぐにプログラムをダウンロードした。
 全部で1,248ページあり、266MBのボリュームであった。
 また8月24日(金)にはスマホでweb版のプログラムと予稿集が見られる、とのメールが来た。
 すぐにこちらもスマホのApp storeというアプリからアクセスしてみた。
 こちらもパスワード設定がしてあり、それを入力し、アプリをスマホにダウンロードした。

 8月21日(火)にweb版プログラムの縮刷版を見ながら、スケジュール表を書いてみた。

 まずweb版プログラムと予稿集は全部で1,248ページもあるが、プログラムは最初の65ページだけであり、これらのプログラムのみを「いきなるPDF」というソフトで切り離し編集し、それを縮刷版として印刷した。
 この縮刷版を順番に見ていき、興味があるものについてランダムに〇をつけた。
 この〇をつけたものを曜日と時刻で整理した。
 この時にプログラムの中の発表タイトルを見て、これは面白いと思う番号をピックアップしておいた。
 これは福島復興とは関係のないもので、私の個人的な趣味である。
 ちなみにそれを挙げておくと、静電核融合(1N01)、原子炉ニュートリノ(1A12)、La138の放射線照射によるベータ崩壊(1A13)である。
 これらについては、予稿集から番号検索したが、印刷はしなかった。
 スケジュール表はできたが、同じ時刻に興味あるテーマが2つダブっていることがあった。
 でもこれはこのままでとりあえずはおいておいた。

(4-2) 聴講スケジュールの検討その2(絞り込み版)
 上記のように、興味あるテーマがダブっているのを解消しなければならない。
 学会の予稿集はあったのに、全然やっていなかった。

 8月25日(土)に近くの喫茶店で、このスケジュール表を見ながら、スケジュールの絞り込みをした。
 この時、予稿集は印刷していなかったが、スマホのアプリから予稿集を見られたので、それを見ながら絞り込みをした。

(5) 事前の持ち物準備等と行きの新幹線日記
 旅行用の切符は8月22日(水)にツーリストKから届いた。
 予約日付と時刻を確認した。
 
 また、ホテルでパソコン(PC)を使いたいと思い、宿泊するホテルAに8月27日(月)に連絡した。
 PC貸し出しはしていない、とのことであった。
 仕方ないので、スマホのアプリを利用して予稿集等をチェックするしかないが、いかんせん画面が小さいので、それを拡大操作して全部を読むのに時間がかかるのである。

 岡山大学・津島キャンパスの交通も確認しておいた。
 JR岡山駅から岡電バスで約10分の時間とわかった。
 またJR用カードSUICAと東京メトロのPASMOカードが使えるか確認したらOK、とのことで、真ん中の入口乗車と前の出口の2回タッチでよい、とのことであった。

 備品等の準備としては、旅行用ということで、着替えのセット(下着、靴下、Yシャツ)<これらは以前もらった防災用ナップサックに入れた>と、スマホ、ニンテンドーDSの将棋ゲームとその充電器、また電源用コンセント等を用意した。
 また、雨に関係なく折り畳み傘は常に入れてある。
 他に、入歯用ポリデント3袋、歯間ブラシ1本、髭剃りと充電器、東海道新幹線往復の切符2枚を用意した。(聴講記録用に会議ノートを作っていたが、カバンの中に入れるのを忘れたので、グラフ用紙で代用した。)

 持ち物として、通常使っているカバン(i-pod、DS等)、青いナップサック(学会資料一式)、防災用ナップサック(衣類等)の3つである。

(6)台風21号による山陽新幹線運転休止
 9月3日(月)夜に近くのタクシー会社に電話して、9月4日(火)の朝のタクシー配車を依頼した。
 荷物が3つあるので、歩いて駅に行くのが難であったからである。
 しかし、この夜にTVで台風21号が関西方面を直撃するという報道があった。
 山陽新幹線も運休する予定とあった。
 でも様子を見ようと思った。

 9月4日(火)の朝に再度報道を確認して、やはり山陽新幹線は動かない、とのことであった。
 仕方がない。
 4日宿泊予定のホテルAに電話して、今日行けない旨を伝えた。
 すると、ツーリストに連絡して欲しい、とのことであった。
 ツーリストKに連絡すると、調査して再度連絡するとのことで、30分待った。
 ツーリストKから連絡があり、当日分の宿泊のみキャンセル、行きの切符は予約時間前に近くの緑の窓口でキャンセルして欲しい、とのことだった。
 清算は、後日来店して欲しい、とのことだった。

 この待ち時間の間に、4日は東京の自宅に帰り、5日朝早くに自宅から出発しようと考えていた。

 最初、台風21号は迷惑なことだと思っていたが、発想を変えてみると、危機管理の絶好のチャンスである。
 今は会社組織に縛られていないから、好きに行動できる。
 こうした緊急事態にどう対処しておけばいいかを練習するのにちょうどいい機会である。

 東京に着くと、もう一度掲示で山陽新幹線運休を確認して、早速JR東日本(JR東海にいくべきだったが間違えたもの、結果としてJR東海だと混雑が激しいだろうが、JR東日本は比較的すいていた)の緑の窓口に行った。
 4日の切符キャンセルのことを言ったが、ふと5日に振り替えできるか聞いてみた。
 すると、JR東海からJR東日本宛に通達が来ていたようで、その通達資料を見ながら、係員が振替可能、とのことで、5日の朝7時10分発ののぞみ9号を予約した。
 本当は朝6時の方が当日朝の学会発表に間に合うのでよかったのだが、早起きし損なったら困る、また電車が5時台前半で動いているかどうかはっきり覚えていなかったからである。もしダメな場合にタクシーを捕まえられるかもわからない。

 自宅に帰って、ホテルAに電話すると、ツーリストKから連絡が来ていて、4日のキャンセルのみということを確認した。
 5日10時半に岡山に着くので、そこから荷物は預けられるか、それとも当日夕方でないとだめか、と聞くと、チェックインは15時以降だが、荷物預かりはできる、とのことであった。

 5日朝の新幹線のぞみ9号に無事乗れたが、台風21号の余波を受けて10分遅れで岡山駅に10時40分くらいに着いた。
 ホテルAに行って荷物を預けて、岡山大学に向かうことになった。

(7)当日の聴講及び帰京の行程等
 @9/5(水)
 いよいよ学会初日である。

 ホテルAのフロントで岡山大学への行き方を聞いた。
 学会の資料で、岡山駅からバスで10分ということは知っていたが、念のために聞いたのである。
 すると、東口だと〇番のバス停、西口だと22番のバス停で行ける、とのことだった。
 西口の方が便利なはずと思い、岡山駅に行った。
 東口から西口への連絡通路にコンビニがあったので、昼のおにぎりとペットボトル500mL1本を買った。新聞は新幹線に乗る前に買っておいた。
 7日にチェックアウトした後にカバンと防災用ナップサックを入れるコインロッカーを探しながら歩いた。

 西口に降りていくと、岡山大学行きの臨時バスが出ていた。
 無料かと思ったが、200円取られた。
 バスの中央のドアから乗り、SUICAタッチ用のパネルにタッチし、降りる時にバスの前の運転手の近くにやはりタッチパネルがあって、そこをタッチして清算するもので、電車の清算と同じである。
 東京都のバスは運転手の近くのドアから乗車して、そこのタッチパネルを1回タッチするだけで、降りる時は真ん中のドアから降りるのであるが、タッチパネルはない。

 またバスの運転手の横に筆記具あり、との掲示があった。
 最初うん?と思い、次にああ、これは聴覚障害者対策用なのだ、と思った。
 ここでユニバーサルデザイン(UD)のことが浮かび、今回の学会会場でユニバーサルデザインのことをチェックしようと、この時は思ったのだが、結局会場では少し不便な場所にエレベータがあることと車いす用トイレがあることしか気がつかなかった。
 このエレベータは駅等でエレベータが駅の端の方にあるのと同じで、ちょっと付け足しのような扱いである。

 バスを降りる時に、運転手に臨時バスは帰りも出ているのか、それはどこから、と聞いた。
 すると、降りたところの前方のバス停から出ている、とのことであった。

画像

         図1 岡山大学の岡山駅からの位置関係

 降りて、看板をみて、原子力学会の受付を探した。
 でも学会資料にあった棟の記号と看板の棟の記号が違っている。
 困ったなと思ったが、会場に向かう人らしい一団が歩いていたので、その一団について行ったら会場に着いた。
 岡山大学は一時期志望校として考えていて、その後、東京の大学に変更した関係もあって、キャンパスを見てちょっとした感慨にふけっていた。

画像

         図2 岡山大学津島キャンパスの地図概要

 会場受付の正会員担当のところで、登録用カード(その場で名前と所属のみ記載)と名刺を出すと、正会員用の青の参加証カードをくれた。
 これは下部が参加登録費の領収証になっている。
 また、プログラムと会場の地図を示した冊子をくれた。
 自分もプリントアウトしたものを持っていたが、バラバラなので、この後はこの冊子とスケジュール表の2つを利用して、会場移動を行った。

 各発表会場は5つの建物(メイン会場の3つは廊下でつながっており、後の2つは近くにあった)に分散していた。
 最初にその会場と休憩室の確認が必要で、冊子で確認した。
 受付終了後まだ昼休みには時間があったので、午前中に聞くはずだったK会場「環境放射能とモニタリング」に行った。
 お昼は休憩室でおにぎりを食べた。

 午後の聴講はこのK会場にずっといた。

 夕方は6時頃に聴講終了したので、帰りのバスはどうなのかと思ったが、みんながぞろぞろ帰る方向についていったら、臨時便のバスがあった。
 それに乗り、岡山駅に帰った。

 ホテルAに帰り、チェックインの手続きをして、部屋に荷物を置いて外に出た。
 部屋はオートロック式だが、カギは預けるようにして欲しい、とのことで、そうした。
 部屋は5階だったので、非常口を確認した。
 自分の部屋の目の前に非常階段のドアがあった。
 エレベータに乗る時は地震の際に備えてボタンに近い場所にいて、地震が起きた時は一斉にすべてのボタンを押す用意をしていた。
 すべてのボタンを押すと一番近くの階に止まる可能性があるから、閉じ込め防止の措置である。

 夕食をウロウロ探すのは面倒なので、駅の地下街の和風食堂に入って定食を頼んだ。

 支払いの時に食堂近くのコンビニを聞き、そこで牛乳、バナナ、ヨーグルト、お茶、缶コーヒーと翌日朝食のおにぎりを買った。

 部屋に帰って冷蔵庫にこれらの買物の品を入れたが、冷えている様子がない。
 おかしいな、と思ったら冷蔵庫の上部にスイッチというのがついていて、それを押しておかないといけなかった。 スイッチの位置が逆で下に押すとONになるようであった。
 ONにしてしばらく待つと冷えてきた。

 お風呂に入ったが、バスタブが小さかったので、浴槽中でアッパーカット動作運動がしにくかった。

 このお風呂のお湯は抜かずにそのまま翌朝までにして、朝起きた時に抜いた。
 ホテルは換気がよくて、室内は乾燥していることが多い。
 こうした湿気をわざと残すことも、のどのためにはいいと思っている。

 A9/6(木)
 朝はおにぎりを2個食べた。他にバナナとヨーグルト、牛乳を摂った。
 出掛ける時に、コンビニに寄って、昼食のお寿司セットとペットボトル500ml1本と毎日新聞を買った。
 この日は明け方に北海道で震度7の地震が発生していて、朝のNHKドラマがなかった。
 その時間を含め、NHKは北海道地震のことを繰り返し放送していた。
 朝ドラは7日に2本放送となっていた。出かける前にこの朝ドラの予約をしてきたが、どうなるのかなと思った。
 実際はホテルAで翌日2本をしっかり見たので影響はなかった。
 仙台の義父宅で後で確認すると、7日の分だけ時間が15分遅れて録画されており、6日の分は録画されていなかった。
 こういう緊急事態の時に録画予約のカバーはできないのだと思った。

 この日に学会会場で近くの人の話が聞こえた。
 今、北海道で電気学会が開かれているはずだが、北海道が全停電ということでどうなるのか、と話していた。
 パワーポイント等でパソコンからプロジェクタを使ってスクリーンに資料を投影するのに電気は必須だからである。
 後でスマホで、電気学会のホームページを覗いてみると、すべて中止となっていた。

 この日は最初にJ会場の「放射線医学と生物影響」の会場に行き、午前中はそこにずっといた。

 昼食はやはり昨日と同じ休憩室でとった。

 午後はA会場の「医療応用」、続いてL会場の「核変換」へと行こうとしていたが、この「核変換」はこの前のシンポジウムと同じと思い、A会場のみとした。
 他にA会場の「中性子源」のところも、と思ったが、この会場の雰囲気はアカデミックなもので、中性子の学術的な議論が理解しにくいので中止した。
 でもこのため、夕方4時には聴講終了となり、中途半端な時間では臨時バスも出ていないようで、仕方なく近くのバス停を探して、そこで初めて、路線バスに乗り、岡山駅に帰ってきた。

 夕方は昨日と同じ食堂で親子丼を頼んだ。
 地鶏は岡山産で地産地消であった。

 帰る時に、ホテルAの近くのコンビニで、7日朝用のおにぎりと缶コーヒーを買って帰った。
 
 B9/7(金)
 この日も朝はおにぎりを食べた。

 部屋で、荷物の片付けをした。
 フロントに行ってカギを返し、チェックアウトした。
 コンビニで昼食(五目ご飯)、朝刊、ペットボトル500ml1本を買った。

 岡山駅で初日にロッカーのある位置を確かめていたので、そこに行った。
 手に持つのは青いナップサックだけにし、カバンと防災用ナップサックはロッカーに入れた。
 電子マネーが使えたので、SUICAを使った。
 預けた場所の番号を書いた伝票が出てきた。

 この日午前はK会場「放射線計測」に行った。

 午前中でペットボトル500mlが半分以上なくなったので、昼休みにペットボトルを買おうと、大学周辺の自販機に行くと、お茶や水のペットボトルがほとんど売り切れであった。
 困ったな、と思い、カフェというのが目に入り、入ってみると外国人用カフェであった。

 防災で外国人の組織化ができていないことを思って、そこにいた日本人従業員らしい人に防災のことを話してみた。
 最近、倉敷真備町の浸水、北海道の地震、台風21号と災害多発のおりだったので、その人はそういう対策が必要かもしれない、と認識はしてくれた。
 行動に移してくれたか、例えばこのカフェにくる外国人に防災のことを聞いてくれるか、は不明である。
 でもその人は備え付けのお茶のペットボトル500mlを売ってくれた。

 9月4日に兄に電話した時、7日は夕方来るように、とのことだったので、事前のスケジュールになかった午後の聴講予定を入れた。
 K会場の「ウラン廃棄物」で、このタイトルは岡山人形峠の施設の廃止に伴うものの発表であった。
 人形峠には仕事で行ったこともあり、またウラン鉱の日本での最初の利用だったように思う。
 岡山県出身の者としては聞いておいた方がよいと思った。
 このテーマで夕方16:30まで発表があり、それが終わって臨時バスに乗って岡山駅に戻った。

 ロッカーのところに行き、SUICAを読み取らせると、ロッカーが開いた。

 それらを持って岡山駅まで行くと16時45分であり、瀬戸内線の電車にタッチの差で乗り損ねた。
 兄に連絡すると、今日の午後は休みになったから来てくれてもいいとスマホの伝言を入れておいたという。
 でも昼休みにはそれに気がつかなかった。
 次の電車のスカイライナーに乗り、所定の駅で降りると、兄が迎えに来てくれた。
 その日の夜は兄の家で歓談し、宿泊した。

 C9/8(土)
 翌日は少し激しい雨であったが、母方の伯父、祖父母と父母の墓に墓参りした。
 雨が激しいので、ほとんどお花のみ飾った。
 伯父の墓のみは線香用の屋根がついており、そこだけ火をつけた線香を置いた。
 伯父は私の大学進学に関して母の相談を受け、それで伯父から母にアドバイスした通りに私が進学した過去の経緯がある。
 大学進学に関して、決定的な関与をしてくれたのである。
 伯父は会社の重役をしており、学生の採用などを通じて、大学等に関して母よりもはるかに知識が豊富だったからである。
 伯父の娘、つまり私と兄の従姉の家で、従姉と伯父の話や世間話をした。

 また、母のがん闘病の時に非常に世話になった叔母(母の妹)が病気入院した後の施設らしいところにいる、とのことで、その施設にも行った。
 叔母は90才を過ぎているが、脳の病気から少し回復してきているらしかった。
 私は叔母の手を左手で握って、右手で手の腕の部分をしばらくさすっていた。
 栄養状態がいいのか、手のあたりの肉の付き方がよかった気がした。
 最初は記憶がぼんやりしていたが、話しているうちにだんだんはっきりしてきたのを見て、少しほっとした。

 昼頃、兄に近くの駅まで送ってもらい、スカイライナーで岡山駅に戻ってきた。

 そこから山陽新幹線と東海道新幹線(13:53→17:13)、東京から仙台へと東北新幹線(17:56→19:29)で乗り継ぎした。

 東京駅で東北新幹線の切符を買って、帰る時間の確定ができたので、ローカル線の駅にタクシーの配車を依頼した。
 出発の時に依頼したのと同じタクシー会社で、義父もよく利用したのか、義父宅の電話帳メモに載っていたものを利用した。
 荷物は従姉にもらったお土産も含めて4個と多いし、また夜も遅い。
 雨の予報もあったと思う。
 その後は順調にいき、20:30頃に義父宅に戻った。 

 今回は東北新幹線、東海道新幹線・山陽新幹線利用ということで、ちょっときついが、まあ何とかなると思っていたら、台風21号の関西直撃という事態に遭遇した。

 危機管理の上で、貴重な経験ができたと思う。

 来年の原子力学会・春の年会は、茨城大学の水戸キャンパスということで、近場であり、東海村への出向・出張等で水戸はなじみがある場所である。

 一方で、日本原電の東海第二原発の再稼働を控えて、万が一の事故時の100万人近くの避難対象者をどうするか喧々諤々の議論をしている場所の近くでもある。

 再稼働の行方と住民の動向などを注意していきたいと思う。

 また、学会の発表内容については準備が整い次第、その2として掲載するつもりである。
               −以上−

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