羽生将棋と脳科学

 週刊現代で羽生善治三冠と脳科学者の池谷裕二氏の特集記事があった。

 そもそもこの週刊現代(9/30発行、10/12号)を買ったのは羽生将棋の特集があったためではなかった。「実例集 こんなに恐ろしい定年ビンボー 退職金はあっという間になくなる 貯金はすぐ消える 老後のビンボーは本当にみじめ」というタイトルの方に興味があって買ったのである。
 買ってみると、そこに羽生三冠(王位、王座、棋聖)と脳科学者の池谷裕二・東大准教授の対談特集がモノクロ写真付で組んであった。
 池谷助教は脳科学者であるから、脳に関するいろんなデータを示して羽生三冠と対談していた。
 寝る前に復習すると記憶に残りやすい、とか、おなかがすいている時は記憶力がいいらしい。体から1%の水分が減ると、記憶力や思考力が低下するらしい。
 そういえば、テレビ等で将棋の対局を見ていると、棋士は結構そばにペットボトルを置いている人がいる。私の印象では丸山忠久九段がよく飲んでいるという気がしている。
 私もシンポジウムに参加する時はペットボトルの大きいのを1本買っていくが、終る頃にはなくなっている。

 池谷助教が羽生三冠に2つの将棋の棋譜の図A,Bを提示してどちらの局面が記憶しやすいか聞いていた。図Aはあるプロ同志の指した途中の局面であり、図Bは1つの行に歩が3枚並んでいたり、先手の生(なま)の桂や歩が後手の一番底のラインにいたりするメチャクチャな図である。もちろん羽生三冠は図Aはすぐに覚えられる、と答えていた。人が指せばこうなるというストーリーが感じられるという。また、5×5のブロックを1カタマリとして記憶できるという。それに比べて図Bはそういうストーリーが見えないので覚えにくいという。
 また、年を取っても記憶力は落ちないらしい。年を取ると忘れやすくなることとは別物かな。
 羽生マジックについても別にマジックというわけでなく、なるべく負けないように、ということでいろんな手の中から消去法で消して残った手を指している、とのことである。最近では、今年の名人戦A級リーグでの三浦弘之九段との対局で、飛車で歩を取り、その歩で玉を詰ませる、という大技というか羽生マジックと呼べるような手を指して、毎日新聞でその一局の棋譜を解説していた元プロ棋士の関浩六段が驚きのコメントを載せていた。私もそのコメントを見て、その対局の新聞の棋譜全部を切り抜き、その棋譜を並べてみたが、プロが見て棋士生活20年くらいあった中で初めて見る手というような感想を言わせるにふさわしいプロ棋士の常識をも覆すような一手ではあった。
 以前何かの番組で羽生三冠が将棋を考えている時に、脳内の働きをサーモグラフィのような機器で調べていることがあった。その時、通常の人は何かの思考をしている時は左脳が活発に動いていることが多いらしいが、羽生三冠の場合は右脳を使っていることが多いらしかった。
 左脳は思考・論理を司るのに対して、右脳は知覚・感性を司る。簡単に言えば、左脳はガリ勉タイプ、右脳は天才型の感じであろうか。人は普通に生活していれば、左脳と右脳を併用しているはずであるが、一般の人は左脳を使うことが多いように思う。
 左脳が発達している場合は、論理性に優れていて、評論家や弁護士等に向いているであろう。右脳が発達している人は全体を見る目を持つので芸術家等が向いている。
 私は右脳については将棋や囲碁でいうところの大局観を見ることができると考えている。羽生三冠の場合も最初はおそらく左脳をよく使っていたのであろうが、左脳のデータ処理能力はおそらく多くはないと思う。それで負けたくないという気持ちが人一倍強い羽生少年は無意識のうちに、データ処理能力の高い(データの集積の図形パターンのようなものか?)右脳を使い始めたのではないかと私は考えている。

 このように、羽生三冠の場合は将棋に負けたくない、ということで、無意識のうちに右脳を使い出したようなことを意図的にできないだろうか。
 私は10年くらい前から意図的に食事をする時に左手で箸を使っている。以前の脳科学か何かで右利きの人が左手を使うと右脳が活性化すると聞いたことがあるからである。
 それから、器械体操で側転というのがあるが、左右どちらの回転でもできるようにした。
 以前ボーリングをしていた時は1ゲーム目は右手、2ゲーム目は左手、3ゲーム目は再度右手でボールを投げていた。当然踏むステップ等は左手で投げる時は右手の場合と全部逆となる。アベレージは右手130、左手は当初100くらいだったが、その後120くらいまで上がった。
 野球のピッチングフォームはイメージトレーニングをして、駅のホームとか講演の休憩時間で右手アンダースローと左手アンダースローで投げるフォームでの練習をよくやっていた。
 これらのことを行って何か成果があったかというと、目に見える成果は何も出ていない。だが以前は部分的な論理性で考えていたようなことでも、部分的な論理よりは全体が見渡せる大局観のようなものが養われたのではないかと感じている。つまり右脳が使われているのではないかと思っているわけである。
 その代り、以前覚えていた知識がかなり忘れているようにも感じる。年のせい、と言えなくもないのだが、細かいデータは覚えていなくても、これとこれをつなぐとどうなるのだろうというような新たな視点、逆転の発想が結構できるようになった気がする。
 これからも利き手でない左手を意図的に使って、右脳を活性化し、放射能の消滅理論等のノーベル賞級の大発見をするべく努力していきたいと思う。

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