「男女が席を同じくせず」考

 最近会社で気がついたことがある。

 昼の食堂で座る席を捜している時に、男性と女性の座る席がはっきり分かれているのである。女性は女性同士、男性は男性同士で座っており、男性と女性が混在して座っていることは珍しい。たまに見かけると同じ職場の人だったりするが、あかの他人同士で混在して座っている例はあまりない。

 電車でも東京メトロでは先頭の電車は時間指定はあるものの、女性専用車があったりする。電車内の痴漢が多いことが原因であろう。職場ではセクシャルハラスメントのおそれがないように男性が気を使うあまり、女性に近寄らないのかなあ、と思う。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く、という状況である。

 一方最近の若い男女でも高齢の独身者が多いし、パラサイトシングル等もいる。結婚する意識がどんどん無くなり、お見合いを世話するお節介おばさんもいなくなった。

 夫婦もセックスレスが問題となり、性格の不一致で離婚する人も多い。人工授精も多いらしい。少子高齢化がじわじわと社会の常態化している現状は将来の労働問題、年寄りを支える若者が減ると社会の沈滞を招く。外国人を呼んでくればいいという人もいるが、ことは簡単ではない。カエサルの例でいけば、混血が帝国を作るには最適であるが、こと文化に関しては摩擦が多くなる。
 赤ちゃんポストを設けるのもいいが、その前に若者の結婚に関する動機付け、男女7歳にして席を同じくせず、ではない体制や雰囲気を作らなければ大変なことになると思う。

 小学校で性教育を行うのはよいが、男女平等教育のような試みが必要ではないか。男性と女性の身体の構造やセックスの結果子どもができること等ハードウェアの知識はあるかもしれないが、男性はプライドの高い動物、女性は共感を必要とする動物であることを理解して、それらを尊重して行動するにはどうすればいいかというソフトウェアの知識が不足しているのでこれを考えていかねばならない時代になっている。
 試みとしては、生徒の両親を数グループ招いて、家庭生活における男女の役割や職場の様子を語ってもらい、男女の役割や特性を認識してもらうことがある。保育園・幼稚園や老人ホームに行っていろんな階層の男女の役割を理解してもらうことがある。校長先生や教頭先生のご夫妻を招いて子どもたちに話す。また、働く女性を招いて話す、等が考えられる。

 これらの学習において生徒の男女の話し合い、クラスの中の男女の相互理解のような雰囲気を作る必要がある。
 秋葉原の「オタク」を増えてしまうのは、人間の関わりのヘタクソさに原因がるような気がする。結婚する男女が少ないのも人間的な関わりができない人が多いためであろう。情報化社会であっても隣近所の地域機能を復活させる等人間関係の再構築が必要であろう。
 また、隣近所のお節介おばさんも復活させたいものである。

 まだ、男女をどうすれば結婚させ、子どもを育てる意欲を持たせられるか、はまだよくわからないが、基本は人間と人間の関わりである。どのようにしてこの関わりをスムーズにできるかは未知のことが多いが、何でもかんでも戦前の社会体制はだめ、というのではなく、いいところを現代風にアレンジしていかすという換骨奪胎していく必要があるのではないかと思う。

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