同期の一人の死について

無事、これ名馬?」について

  先月末に出向元から○○さんが亡くなったと連絡があった。

  同期生として、○○さんは私の前に現れた。その後、紆余曲折があり、一時期は永遠に会えない状況になりつつあった。しかし、運命とはおかしなもので彼の将来計画は彼によらない理由で挫折し、私と同じ課になった。彼とは同じ仕事を担当したこともある。その仕事ぶりはキチンとしたものである程度の中途半端は当たり前と考えていた私には新鮮に映った。しかし、その几帳面さがあだになったようにも思う。また、彼に病気に対する認識が甘かったのかもしれない。私は35歳を越えて家族を持ったからには健康管理に責任を持たなければならないと考え、毎年人間ドックを受けている。だから、病気の早期発見も比較的容易と思っている。彼はどうだっただろうか。自分だけは、という意識はなかっただろうか。

  今日、彼の葬式があり、会社を休んで出席した。出向元の会社の知り合いもたくさん来ていた。これらの知合いと情報交換した。彼ら曰く、「こういう時でないとなかなか会えないね。」まったくその通りである。誰がどこに行っている、というのがこういう時にしかわからない時代となっている。また、曰く。「一日隣の人とも話をしない日もある。」会話なき時代となってしまった。また昨日、私はメーカーに資料送付の郵便を送った。その時、宛先を手で書こうとしてあまりにぎこちない書き方に愕然とした。最近手を使って書いていないので宛先がうまく書けないのである。writeless(筆不精) ,talkless(無会話)の時代の始まりである。

  彼の奥さんが最後に会葬お礼の挨拶をしたとき、思わず涙が出そうになったが、かろうじて抑えた。去年の暮れに彼も最期を覚悟していたらしいことが伺えたからである。彼の姿を見てお別れをした。

  ○○さん、さようなら。

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