忘れることの功罪

 最近忘れることが多くなった。このことについて考えてみる。

 「初心忘れるべからず」私の好きな座右の銘である。高校に入った時の訳のわからない不安感。地元の高校ではなく、越境入学だったので、友人がほとんどいない。休み時間に居場所がなかった。だから、そこで必死に友達を作ろうとした。そこでできた友達が生涯の友となった。大学に入った。岡山から東京に出てきたので当然、友達はいない。そこで部活に入った。部活の仲間とは今も年に1回は集まり、異業種交流の場となっている。
 会社に入った時も緊張感は一杯。そこでの同期の仲間は今でも同期会が数年に1回はある。こうした仲間は財産である。これらの環境が変わった時の緊張感、どのように打開したかは今も記憶に残っている。

 人事異動により異なる職場に異動となった時は新しい職場に慣れようと努力してきた。しかし、狭い業界であるから、いろんなところで出会った人に再度出会うことも多くなった。そういう時、「うん、見たことがある人だ。以前どこかで?」でも名前が出てこない。仕方ないので、「どこかでお会いしました?」と聞く。失礼なことかもしれないが、「聞くは一時の恥」と思っている。

 もちろん加齢による度忘れもある。テレビでタレントさんの見慣れた顔でも時々名前を忘れる。それがひどくなるとボケとかになるのであろうが、通常の範囲内であれば大丈夫である。妻も度忘れが多くなったと時々ぼやいている。

 さて、仕事の知識に関してはどうだろう。職場の異動で、それぞれの環境下で必要な知識はその環境下にいればもちろん覚えている。しかし、次の職場に異動した時忘れていることが多い。それでいいと思っている。

 しかし、今の職場ではそれがマイナス要因となっている。今の会社は10年前に出向したことのある会社である。この業界でいうところの「出戻り」である。もちろん事業所は別なので、社内手続き等細かいところの情報は違っているが、大きなところは違わない。でもそういうところも結構忘れている。しかし、上司は私が「出戻り」であることを知っているため、聞かなくても社内事情は一通り知っているものと誤解している。だから、細かな点で知らなかったりすると「何でお前はそんなことも知らないのか」というあきれた顔をする。その顔が子どもっぽいといえばいえるが、なんせ相手はその会社の幹部であり、こちらは出向者であるから、「そんなに感情を露わにするのはまずいのではありませんか?」ともいえない。「あなたを信用していない。」ということもよく言われる。周囲の人がいる前でも平気でいう。周囲の人と話しているとき「○○さんの言い方はないですよね。あなたがキレたら周りは応援しますよ。」と言われたりしている。出向元に「部下を信頼していない。」、と公言する人の下で仕事したくないから、異動して欲しい旨希望を出しているが、半年以上何も言われない。

 上司のパワーハラスメントに非常に苦痛を感じている。毎日会社にいくのがいやで仕方がない。社内のメンタルヘルスの相談に行こうか、いっそのこと会社をやめるかと思っている。でも妻から、今会社をやめても50歳代以上の再就職は難しい、子ども2人が大学を出るまでは会社をやめないで欲しい、と言われているので我慢している。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」で上司の弱点を興信所に依頼して調査しようか。迷いは深い。

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