豊臣秀吉の朝鮮征伐について

 今日上垣外憲一氏の文禄・慶長の役(講談社)を読んだ。言うまでもなく、豊臣秀吉の朝鮮征伐の話である。なぜこんな本を読んだか。日本人がわざわざ外国に出かけて行って侵略しようとしたことの意味を知ろうとしたものだ。日本人が日本文化で世界を制覇することができるかどうかのヒントにしようとしたのである。しかし、読んだ後の気持ちをどう表現したらいいのだろう。日本人の外国人との接し方の拙劣さ、人はここまで残酷になれるものか、等いろんな感情が起きてしまった。でもここで自分に問うてみた。ではお前がその場にいたら、どのような対応ができるというのか。考えてみると日本人が外国人と接触の歴史は、7世紀の中国・朝鮮との白村江の戦い、蒙古襲来、倭寇、朝鮮征伐、南蛮人との貿易、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争等あまり大した回数はないように思う。その中で、日本人はどのように振舞うか。日本人の基本的な考え方は周りの人間の状況を横目で見ながら、自分の行動を規定していく方法である。俗にいう世間の目である。この世間の目は嘲笑していると感じれば、感じる本人にとっては恥だし、賞賛していると感じれば、本人は世間に認められる行動をしたと自信につながり、次回からの行動が果敢になっていく。これを積み重ねていけば、日本人の鑑となる武士道の体現となるだろう。つまり日本人の心に根付く武士道とは世間の目のあらゆる場合の賞賛の雰囲気の積み重ねなのである。これをまったく逆に見たのが「菊と刀」でベネディクトが考察した恥の文化である。つまり、武士道と恥の文化は世間の目からみた表裏一体の価値観の体現なのである。これを朝鮮征伐に見てみる。加藤清正は勇猛果敢に攻めまくった。誰に対して見せたのか。これは豊臣秀吉という世間の目(実際は戦さの報告をする目付)に対する武士道である。小西行長はどうか。小西行長は商人出身であるから、日本にいる商売人という世間の目とやはり豊臣秀吉という2つの違った世間の目を意識しており、行長は前者の意識が強かったので秀吉さえも騙そうとまでした。これらのことから考えると、日本人は外国にいても常に自分の知合いの日本人という世間の目を気にした行動を取るようだ。かつてアメリカ留学をした人に聞いたことがある。自分はアメリカの片田舎の他の日本人がいないところにいたから、下手な英語でも話そうという気になった。でも周りに日本人が1人でもいるとしゃべれなかったかもしれない、と。なるほど、と思った。ではこれを逆手に取る方法はあるか。でも考えると、キリスト教徒と同じ思考方法である。キリスト教徒は絶対無私の神が彼らの「世間」であり、日本人の場合はそれが周りの日本人であるだけなのだ。日本人の方が具体的な人間なので、その時々に行動が掴みにくい。でもこれを統一するとキリスト教徒と同じように、いやキリスト教徒以上に世界に受け入れられる行動が取れるようにならないだろうか。ではどうするか。一番いいのは「世間」を自分の家族、親族と仮想することである。その次に「世間」を仮想するとよいのは、身近にいるすばらしい人、すばらしい知人とすることである。3番目に仮想する「世間」は「聖人、偉人」である。ヨハネパウロ教皇でもいい、アインシュタインでもいい、ワシントンでもいい。もちろんヘレンケラーや野口英世でもいい。偉人、聖人のまねをして立派な行動をする、思考パターンを彼なら、彼女ならこうする、と推測して行動することである。こうした「世間」を作る方法を具体的によい方向にもっていくことである。昔は仏教の宗徒にこうした哲学的な思考に優れた人が多かったのであろう。だから、檀家という制度ができていたのかもしれない。現代で宗教的な雰囲気を伝えないで、これに似た制度を作れたら、世界の文化での制覇も夢ではない。ただし、オーム真理教の麻原彰晃みたいな偽宗教家にならない方策ももちろん必要である。まだ、思考が足りないかな。

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  • 「豊臣秀吉の朝鮮征伐について」について

    Excerpt: 「豊臣秀吉の朝鮮征伐について」について 興味深く読ませてもらいました。 世界は統一できないと思う。 なぜなら考え方は一つにならない。 Weblog: 五千光年の夢@WebryBlog racked: 2005-02-17 22:52