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zoom RSS 夏は神輿と盆踊り

<<   作成日時 : 2017/08/27 16:18   >>

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 今年も盆踊りの季節がやってきた。

 7月20日過ぎに、同じマンションに住むK氏に会った。盆踊りの練習は無理だが、盆踊り大会には参加したいと言った。
 7月20日頃にマンションの掲示板に町会の盆踊り講習会の案内が掲示されており、8月9日(水)となっていた。
 この日はまだ義父宅にいるため、講習会には参加できないが、盆踊り大会には出られると思った。

 するとK氏より、わが家のポストに夏祭りのスケジュールの資料が投函されており、8月13日(日)の富岡八幡宮例大祭神輿(みこし)渡御の助勢(神輿の担ぎ手にお茶の配給や水掛け)と8月19日(土)、8月20日(日)の2日間の町内会主催の盆踊りについて書かれていた。
 この2つの行事の準備のために、町内会の人は7月29日(土)18:30に江東区文化センターの研修室に集合することになっており、時間の都合がつけば参加してください、とのことだった。

 時間の都合はついたので、参加した。
 参加者は時間通りの人もいれば、夕食を準備した後に少し遅れて来たお母さん方もいた。
 そこで、神輿の手伝いにも参加することとした。
 残念なことに、私の所属する町内会は神輿を持っておらず、水掛け等のお手伝いのみである。
 また、盆踊り大会では店頭販売でこんにゃくを売る、ということもあるらしかったが、こちらはお母さん方がいるので、その前のテント張り等に助力すればいい、と思った。

 8月13日(日)は朝5時半集合であった。
 朝5時に起きて、軽い朝食を取り、出かけた。
 集合場所に行くと、K氏等が既に来ていた。
 町内会の備品倉庫から、テント関係の備品、机・椅子、水掛け用のバケツ、給水用の大型ポリバケツ等を取り出した。
 テント張りはいつもクイズみたいなものである。
 パイプが何種類もあって、それを屋根型に組み上げるのである。屋根型に組上げた後にテントの幕張りを行う。 基本的な組上げが終わると、6人の男性がそれぞれの支柱を持ってタテの柱の折り畳みを伸ばして、テントとしての形が整うのである。
 ここで、6か所の支柱の根元に20sの重しを乗せておく。
 竜巻がくれば飛んでしまうかもしれないが、通常の風程度であれば、この重しで十分抑えておける。

 テントができれば、後はこの中に机と椅子を運んで、接待のための休憩所の本部が出来上がる。

 ここからはあまり私は関与しなかったが、麦茶を何ダースも買ってきており、それをまず氷で冷やしていた。
 また、水補給用のポリバケツに水を給水した。
 この給水は近くの公園の給水場所からホースで引いており、この使用許可を事前に町内会長が区役所から取っているらしい。

 これらの準備ができてから男の人はあまり必要なくなり、紙コップの準備等は女性群が行っていた。
 一旦男性群は自宅に戻り、8時前に再び集まる、ということであった。
 私も一旦家に戻って休憩した。
 時間が来ると、再度休憩所に行った。

 この八幡宮例大祭は、赤坂にある日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭とともに「江戸三大祭」の一つである。
 富岡八幡宮の例祭、別名「深川八幡祭り」といわれ、江東区HPによれば、三年に一度行われる本祭りでは、大小あわせて120数基の町神輿が町内を練り歩く。
 そのうち大神輿53基が勢ぞろいする連合渡御(れんごうとぎょ)は圧巻のひと言。「わっしょい」の掛け声が響き渡る、深川八幡祭りならではの迫力を体感しましょう、とあった。
 図1参照(実際は私たちの休憩所を通る通りはこれほど大きな通りではなく、人数もこの5分の1くらいと思えばちょうどいいくらいである。)

画像

               図1 神輿の様子(江東区HPより引用)

 私はこの神輿の順番とかのプログラムは渡されていなかった。
 ただ53組の神輿が来るらしい、とのことだった。
 8時半くらいから、第一陣がやってきた。
 ここから、町内会の人は2つの班に分かれた。
 麦茶班と水掛け班である。
 私はもちろん水掛け班である。
 道路は交通規制がされており、警察官等が交通整理を行っていた。
 道の片側にのみ、水掛け用バケツと水補給用ポリバケツが置いてあった。しかし、反対側から水掛けするのが不足しているように思った。
 最初の頃はみんなと同じように、水掛けを行った。
 でもこの水掛けが意外と力は必要だし、少し行うと疲れる。
 そこで、近くでみていた外人さんに、“Do you want to throw water?”と聞いてみたりした。
 残念ながら、”No. Thank you.“と断られた。

 水掛けの時はバケツに一杯水を入れると、振り回して水掛けする時にうまく掛けられないので、バケツに3分の1くらいを入れて放り投げるのがベストとわかった。
 このままでは水掛けの場所も狭いし、皆で同じところから掛けても仕方ないと思い、私はバケツ2つを持ってその場から道路を横断して反対側に行った。
 交通規制しているので、車の通行はなかったからである。
 反対側には人もいないし、この時の神輿の担ぎ手もあまり水を掛けられていないようであった。
 ここで、バケツ2杯の水を掛けた。
 1杯目は右手で取っ手を握り、左手でバケツの底を持ち、私の左側から水を掛けた。
 2杯目は左手で取っ手を持ち、右手でバケツの底を持ち、私の右側から水を掛けた。
 要するに、片側だけで水掛けをすると腰の負担が片側のみにかかり、私のような腰痛持ちには片側だけでは危険という判断があった。
 この2杯を掛け終えると、神輿の後列の中をスイスイと抜けて、また道を横断してバケツに水を補給した。

 途中から、反対側の人も私がやっていることを理解してくれ、水補給したバケツを手渡しでもらった。

 これを多分30神輿以上でやったように思う。
 すぐ傍で、町内会の女性たちが麦茶を入れた紙コップを20個くらい乗せたお盆を持って、数人が交替で神輿の担ぎ手に麦茶を配っていた。
 当日はよく晴れていたから、麦茶は飛ぶようにはけていた。私も何回かもらった。

 10時半くらいに神輿の最後の列が終わった時には脱力感があった。
 でもそこからまた、机・椅子を片付け、テントを畳んで、元の倉庫に収めた。
 すべての作業が終わったのが12時過ぎていたと思う。
 お弁当と麦茶のペットボトル500mL1本をもらって引き上げた。

 8月19日(土)には、13時半に町内会の備品倉庫の前に集合した。
 この前とほぼ同じ備品を取り出し、この備品群を町内会の誰かのワゴン車の中に収納した。
 このワゴン車で盆踊り大会の会場まで運んで行った。
 会場の近くの路上でこれらの荷物を下ろし、会場まで台車等を使って運んだ。
 屋台のこんにゃくの材料は予め購入していた。
 調理器具は近所の小学校から町内会長が借りてきた。
 プロパンガスやコンロ等は会場設営の担当者がおり、彼らが準備してくれた。

 私たちはテント設営が第一義で、テントがなければ何も始まらない、ということで、テントを設置した。
 この中に机や椅子を準備して、机の上で屋台のこんにゃくを煮炊きするのは女性群が担当した。

 次には町内会の旗をテントのあちこちに設置した。
 この旗も組立式で最初に組み立てようとしてもよくわからず、長老らしき人に指導を仰いで何とか組み立てた。
 結束バンドを使い、旗を各屋台の端に固定した。
 男性群はまたテント、机・椅子や旗が準備できた段階で一旦家に戻った。
 私以外の男性は皆浴衣に着替えたようであった。

 さて盆踊り大会に向けて、今年は「東京五輪音頭2020年版」があるということで、実は義父宅でインターネットで調べていた。
 Youtubeでその踊りも見よう見まねでやってみたが、やはりしっくりいかないと思った。
 仕方ないから、講習会の師匠が盆踊り大会で踊るのを真似しようと思った。
 例年通りであれば、レパートリーとしては大東京音頭、東京音頭、深川音頭、炭鉱節、あられちゃん音頭、ずんば、ダンシングヒーローがある。
 ただ1年前に踊った曲の振付を覚えているかは少し不安であった。

 夕方5時頃に、去年と同じく大雨となった。
 天気予報では時々雨で、夜遅くに本降りとなるはずが、大雨であった。まさに去年と同じ状況に陥った。
 しかし悪運強いというのか、18時頃には小降りになった。
 本来は18時から盆踊り大会開始予定であったが、19時まで様子見ということであった。
 18時半にはほとんど雨もやんだ。

 19時になると、盆踊りをやることになり、そこで私もTシャツにジーンズで参加した。
 去年と違うことと言えば、町内会でもらった町内会名の入った帽子をかぶっていたことである。
 スタート曲が東京五輪音頭2020年版であった。
 雨の様子を見ている時に、今年の講習会に参加した人に、この曲の振付の様子を少し聞いていた。
 でもYoutubeで踊っていたものと少し内容が違うようであった。
 だから、踊りの師匠が中心で踊っていたので、その真似をして踊った。
 1回目はうまくいかなかったであろうが、2曲目以降は何とかできた。
 他の曲も「昔取った杵柄」というわけでもないが、何とか踊れた。

 休み時間に少し飲み物としてビールをいただき、夕飯代わりにその辺りにあったおつまみをいただいた。
 これは町内会で用意してくれたものである。

 この時、娘の保育園から中学生時代まで一緒だった竹馬の友の女の子のTさんが声をかけてくれた。
 現在はジュニアリーダーとして活動している、とのことであった。そういえば彼女は中学の時生徒会長だったように記憶している。
 活発な女の子の印象があり、娘が美術部でおとなしめだったのと好対照であった。
 Tさんは娘にも会いたいから、盆踊りに来るように言ってみて、というので後で言ってみたが、だめだった。

 20時頃に盆踊りは再開され、また踊った。
 21時過ぎた頃に初日の盆踊りは終了した。

 このまま帰れればよかったが、雨がまた降ってきそうなので、テントの中に濡れてまずいものを一式入れて、テント自体も支柱を半分に畳んで、それから引き上げた。
 翌日は14時に集合となった。
 家に帰ってニュースを見ていると東京の何か所かに雷が落ちていた。
 そういえば、何回か稲光をみたように思ったので、少しヒヤッとした思いになった。

 翌日の8月20日(日)は曇りであるが、雨は降っていなかった。
 14時に会場に行くと、前日半分畳んでいたテントはすでに組み立てられていて、することがなくなった。
 机と椅子を並べてまた自宅に戻った。

 17時頃にまた会場に行った。本部席の中で世間話をしていると、なんとなくビンゴゲームの売り子になってしまった。
 ビンゴゲームはこういう祭りによくみられるもので、ビンゴカードを1枚300円で売り、ビンゴになると賞品がもらえるものである。
 しかし、困ったのは両替用の小銭が100円玉10個の1000円分しかなかった。
 1000円札一人が1枚買うともうおつりがなくなる。
 小銭、小銭と叫んだが、近所のスーパーに行って崩してくるか、コンビニにいくしかない状態であった。
 実際何人か来た人におつりがないということで待ってもらった人もいた。
 18時になって盆踊りが始まると、そこを抜け出して踊りの輪に加わった。

 19時になると、休憩時間兼ビンゴ大会が開かれた。
 その間に夕食をいただき、ついでにビールも飲んだ。またトイレにも行った。

 19時半になると、盆踊りが再開され、そこでも踊った。
 参加者は踊りの師匠とその支援グループ、町会のメンバー、一般のお客とごちゃまぜであった。
 知能障害と思われる人も混じっていた。
 町会の人は事故を心配していたが、私が見る限り、正常な人と同じくらいの踊り手であった。
 小さな子が「アラレちゃん音頭」の時に一生懸命踊っていたように思う。
 20時半頃に盆踊りは終りだったと思う。

 その後はテントをばらし、机と椅子を片付けた。
 ゴミ類は女性群が片付けた。
 テント、机・椅子や備品類を町内会の倉庫まで運んで行った。
 ここで江東区のジュニアリーダーの若い人が数人来て手伝ってくれた。
 彼らは力があるから早めに収納できた。

 以上で、盆踊り大会は無事終了した。

 来年以降も地元の活動として、参加したいと思う。
             −以上−

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