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zoom RSS 義父の7回忌法要について

<<   作成日時 : 2017/04/16 08:25   >>

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 先日義父の7回忌法要を行った。

 妻の7回忌法要と同じ時期になる。妻の7回忌法要は以下のブログ(H28-12-25)に書いた。
  http://hitotsunoishi.at.webry.info/201612/article_4.html

 多分去年の11月頃に親戚のY氏と話している時に、来年の義父の7回忌法要をどうしようか、という話になったと思う。
 その時に言われたことであるが、義父の親戚には知らせてもいいが、義母の親戚の方にはこのことを連絡しない方がよい、とのことだった。
 なぜか、と聞くと、妻が生きていた頃に義母の7回忌法要をやらなかったからである。
 その頃、妻は更年期障害と高血圧等の病気と職場での仕事の負担が大きく、また私が出向に出ることが多く、相談もなかなかできなくて、予定がほとんど立てられない状態だった。
 だから、義母の7回忌法要は行わないことにしたのである。
 義母の7回忌法要をしなかったのに、義父の7回忌法要を行うといえば、義母の親戚としてはあまりいい気分ではないであろう。
 また、義父の親戚もかなり高齢者が多く、埼玉や横浜の親戚はおそらく健康上の理由で参加が難しい、とのことであった。
 そうなると、Y氏夫妻と私と息子の4人くらいで行うことになる。娘は欠席である。

 今年1月末に息子に会社での転勤状況や4月の出張の予定等を聞いたが、今は特に何もない、とのことだった。

 今年2月に義父宅に行った時にY氏と義父の7回忌法要をどうするか、という話になった。Y氏夫妻は定年退職しているから、日程は気にしなくていい、息子の日程に合わせて決めればいい、とのことだった。
 義父のお墓のあるお寺(C寺とする。)に電話して、今年の4月の土日のC寺の予定を聞いてみた。
 まだ、予定は何も決まっていない、土日の11:30AM以降であれば、いつでも法要は可能、とのことだった。
 そこで、その場で、4月9日(日)の11:30AMでお願いした。後で息子に電話して聞いてみた方がよい、とのY氏のアドバイスがあった。
 その日の夜に息子に電話して、4月9日に暫定的に義父の7回忌法要を決めた、と連絡した。別に今のところ予定はない、とのことで、一応了解はもらった。そのことをY氏にも連絡した。

 3月に義父宅に行った時に、Y氏の車で、C寺にあいさつに行った。義父の7回忌法要のことも話したが、その他にも目的があった。
 直前にY氏より永代供養墓について相談してみてはどうか、との提案があった。
 義父の家の墓は直系の子孫としては、私の息子と娘が管理する必要がある。
 でもここでちょっと困った問題があることに気がついた。
 そもそもお墓は子孫が管理しなくてはいけないものなのか、という問題である。
 通常であれば、子孫がその財産を継承すれば、それに付随してお墓の管理も行うものである。
 でもお墓の存在を世間一般の財産管理という点でみると、お墓の土地はお寺の財産である。その土地を檀家が借りて、その上にお墓を立てて、そこに納骨する、ということだから、借家のようなものである。
 そのお墓を管理するということ自体がはたして財産継承の必須条件なのかは疑問である。
 しかし、慣例に則れば、それは私の管理義務ではなく、義父の財産を継承した私の息子と娘が担うことになる。
 その二人は元々東京生まれの東京育ちである。義父宅の地域には土地勘もなければ、友人関係もまったくない。
 そういう状況でお墓だけ残されて管理しろ、というのもちょっと無理がある。
 今はY氏夫妻が息子と娘の代理人として、義父の家の仏壇と墓の管理をしてくれており、お彼岸、盆、お正月にはお花やお供え物等をしてくれている。
 しかし、Y氏夫妻も80歳近い歳であり、いつまでもこのままお墓の管理をお願いすることも難しいであろう。
 だから、永代供養墓に移行して、お墓の管理自体の負担を軽減させる方策を探らないといけない。
 このことに関しては、義父が亡くなった時に、義母の親戚の一人が指摘していた(いずれ義父のお墓は永代供養墓に移行する必要があると予測していた。) ことであり、新しい問題ではない。

 それをC寺に行った時に相談してみてはどうかと言ったのである。
 C寺の人(多分住職夫人)から4月9日は忙しいので、前日であれば、大丈夫、とのことだった。
 そこで、前日の夕方16:00-17:00に仮に予定しておくことで、後で息子の予定を確認しておくことにした。
 また、義父の7回忌法要の時にお花やお供え物の準備が必要だが、そのためにY氏夫妻が準備するのも負担が大きいので、それも相談すると、お寺と提携しているJサービスに連絡しておけばよいとのことで、パンフレットをもらった。
 その日の夜に息子に電話して、4月8日夕方にC寺に行くことにしたことを言った。息子も別に反対はなく、了承してくれたので、その旨をC寺、Y氏に連絡した。
 また、Jサービスに連絡して、お供え物一式を依頼した。4月9日11:30AM法要開始なので、11:00AM頃にお寺に届ける、とのことだった。

 3月に帰京する時にY氏から、4月8日の乗車する新幹線の時刻を教えてくれれば、駅まで迎えに来てくれる、とのことで、帰京して新幹線の時刻を調べた。
 ただし、3月15日には結構JRの時刻表変更があるので、15日以降に調べておき、東京発13時のやまびことしておいた。その旨をY氏に知らせた。

 東京に戻って、私はお布施を用意しておいた。
 また、喪服と黒ネクタイ一式を自分用と息子用のものをクリーニング店から引き取っておいた。
 私と息子の喪服と黒ネクタイ一式は妻の7回忌法要で使用したものを出しっぱなしにしていたのを引き取ったのである。

 4月7日(金)の夕方に私は帰京した。
 帰京途中の新幹線の中で息子から電話があった。あまり、長話もできないので、今日帰宅するか、明日なら12時までに帰宅しておいて欲しいといって電話を切った。
 会社からだったようで、仕事が終わらないのかとちょっと心配であったが、翌朝玄関を見ると、息子の靴があった。
 夜遅く帰宅したらしい。私は夜10時には寝ているので気がつかなかった。

 4月8日朝に法要の準備をした。
 私は喪服に着替えて、お布施と二人分の数珠を用意した。
 息子も起きてきて、私のYシャツを借りて、喪服を着た。私と息子の体形は身長がほぼ同じで、ウェストは私が大きいくらいでYシャツは同じもので代用できた。妻の7回忌法要でも同じようにできた。
 当日は雨がちょっと降っていたので、傘1本だけ持って行った。
 新幹線に乗る前に、夕方の弁当と明くる日の朝の簡単な食事としてパンとペットボトルのお茶2本を買った。

 到着予定の10分前にY氏に確認の電話を入れると、改札口で待っている、とのことであった。
 Y氏の運転で一旦義父宅に寄った。冷蔵庫に夕食と朝食を入れた。
 また、Jサービスに連絡して、明日のお供え物について確認しておいた。

 ちょっと休憩してから、3人でC寺に行った。
 16時少し過ぎていた。応接間のようなところに通されて、ちょっと待つと住職が来られた。
 私が永代供養墓に移行したいという事情を話すと、住職もその事情を理解してくれたようであった。
 永代供養墓は2種類のパターンがあって、お骨混合型とお骨分離型である。
 前者は骨を全部混ぜてしまい、スペースをとらないので比較的安くできるし、他の方がお参りしてくれる利点もある。
 後者のお骨分離型のものは、お墓のマンションみたいなもので、区画毎にお骨を納めて、他の人のお骨と区別する。
 その分値段は高くなるし、他の人がお参りするということもない。
 また、この後者の場合でも、義父故人だけであればまだ安いが、義父の先祖も含めた先祖代々までの永代供養墓になれば、故人のみの倍の値段となる。
 また、これらと並行して、義父宅にあるお仏壇も処分してしまうことになる、とのことであった。
 これらの他の選択肢として、東京に持って行ってそこでお墓を作るか、妻の墓に一緒に、ということもあるようだが、姓名が違うので一緒の墓は難しく、別に墓を、ということになれば、もっとお金がかかるのでそれは難しいかなと思う。
 帰りに、永代供養墓の2か所(お骨混合型とお骨分離型)を見て義父宅に戻った。

 その日は義父宅に泊まった。息子はいつも私が着ていたパジャマを着て、私が寝ていた布団で寝た。私は義母が使っていたと思われる布団を4月初めに天日干ししておいたのを使って寝た。
 ただ、その日の夜遅くに父方の従姉から電話があった。
 何か悪い知らせかと思ったが、そうではなかった。
 この間靖国神社に行ってきたが、戦死した父の兄もそこにまつられているのではないか、どういう状況だったか、と聞いてきた。
 ちょっとボケが入ってきたのかもしれないと思いながらも、戦死したということ以上のことは聞かされていない、と言って電話を切った。
 少し気がかりで別の従姉に連絡してみようと思ったが、まだできていない。

 4月9日は小雨模様だったと思う。
 義父宅のリビングでパジャマ姿でくつろいでいると、Y氏夫妻が10時前にやってきた。慌てて着替えた。
 二人は仏壇のところに行って、遺影や位牌の準備をしてくれた。
 法要前にお墓を見ていこうということで、お墓に行った。すると誰かお墓に新しい花を供えてくれた人がいた。誰だろうと思いながら、お寺に行った。

 お寺に行くと、控えの間でしばらく待たされた。といっても11時頃に着いたので、まだ準備ができていないようであった。
 その間に依頼しておいたお供え物がJサービスから届いていた。
 準備ができた、ということで本堂に通された。
 座った時の足のしびれを心配したが、本堂では椅子が40脚くらい並べられていて、4人は前の方に座った。
 和尚さんの読経はなかなか力があって、以前の読経と違う気がした。
 読経後に焼香して、しばらくして法要は終了した。
 では後はお墓参りをお願いします、ということで、和尚さんはいなくなった。
 本堂から出てくると、入れ替わりに入ってくる一団があった。どうも次の法要らしかった。さすがに日曜日は忙しいようである。
 お墓に行き、お花をお供えし、線香を供えて手を合わせた。

 その後、4人で近くの寿司屋に行き、軽く昼食を食べた。

 昼食後、近くの新幹線の駅まで送ってもらい、そこから新幹線で東京に戻った。
 帰る途中の新幹線で、息子にお疲れ様、と言った。

 以上で義父の7回忌法要は終了した。後しばらくはこうした法要はないであろう。
 でも、永代供養墓については、息子と娘に残された課題である。
 二人の後見役である(?)私としては、これについても何らかの力にならなければならないと思う。
     −以上−

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